クレオパトラがシーザーの気持ちを掴もうとする時、ヘンデルと、舞台の機械を操作する人々は聴衆の目を奪おうと奮闘する。最も衝撃的なのは、ヘンデルが声によってクレオパトラの性格ともくろみを表現する方法である。彼は旋律を絶えずメリスマによって長引かせ、終止することを遮り…それはあたかも誘惑を楽しむ永遠のヴィーナスの肖像とも言えようか。 「バロック・オペラ」は、ヨーロッパの歌劇場ではレパートリーに組み込まれるようになって久しいが、日本では上演機会に恵まれているとは言えず、この新国立劇場においては待望の舞台となる。私にとっても、20年前パリで初めてヘンデルのオペラを聴いてから、なんと歳月が経ったことかと、劇場内を満たす彼の音楽を聴きながら、感慨に浸らずにはいられなかった。
今回の上演は、観客が「なるほど、だからバロック・オペラって人気なのか」と会得するほどの圧倒的パワーに満ちていたわけではないが、上質な演出の勝利である。エレガントで遊び心満載の洒脱さは「オペラを楽しむ」という非日常体験としてはぴったりだった。
ただ、ヘンデルを偏愛する身からいえば、音のバランスに違和感があったことー通奏低音がガッチリ構築されていたのはよいが、他の部分がボケた印象となり、さらに歌手の声がオーケストラに押されている感が。劇場の大きさがバロックには大きすぎるのだろう。
また、バロックオペラの歌唱という点でどうなのか…。聴かせどころのダカーポアリアのA’部分については、即興と装飾のセンスが必要不可欠なのだと改めて難しさを実感。
とはいえ、貴重な上演であることは間違いない。今後もレパートリーが増えることを願っている。