私がもしヴァイオリンを弾けるのではあれば、真っ先に弾きたいのがシベリウスのヴァイオリン協奏曲だ。その曲からは、北欧フィンランドの豊かな自然から溢れ出る、澄み切った大気が浮かび上がり、素晴らしい彼の国の光景を想い起さずにはいられない。このヴァイオリン協奏曲はそれこそ昔…、10代後半頃に聴いて感動し、それからシベリウスの交響曲や《トゥオネラの白鳥》《悲しきワルツ》《フィンランディア》など著名な曲を選んで聴いていた記憶がある。しかし、実演ではシベリウスの曲を聴いた記憶がない(忘れてしまったのかも)。社会人になりたての20代初めの頃は、それこそオーケストラの定期会員になって曲を選ばず聴きに行ったものだが、それも昔のことである。

 今回の《クレルヴォ交響曲》は、シベリウスの若かりし頃の作品とのことで興味を惹かれ(聴いたことがないものだと食指が動く)、そして都響の演奏ということで楽しみにしていた。
 指揮のリントゥも接するのは初めて。都響はここ数年、年に何回かは聴いているが、前半は荒いというかガサついた響きで、あれ、いつもこんな演奏だったろうか、と自分の気持ちが乗らず(曲に気持ちが揺り動かされると、必ず身体的な反応が出てくる、つまり自分が曲に巻き込まれていく感覚を味わえるのだが、全く反応なし)。曲の構成もシベリウスの個性がはっきりとは見えない感じで、どこかで聴いたことのあるような調べが流れていくなぁという印象。
 
 これが、第三楽章の始めに声楽が入ってきたとたん、打って変わって躍動感みなぎる、生き生きとした調べが会場を満たし、オーケストラも美しい滑らかさと荘厳さで、緊迫感のあるドラマを形作っていく。合唱は、粒の揃ったくっきりとした響き(フィンランド語!)で物語を伝え、素晴らしい歌声。気迫の籠ったエネルギッシュな指揮にオーケストラも渾身の演奏で、後半は全く見事というほかない。
 アンコールの《フィンランディア》もお国ものということで、感動を覚えないわけがない。ただ、これは私の趣味の問題だと思うが、あまり大仰なのは苦手。大仰というのは、オーケストラ自体の規模が演奏主体として大きいので、自ずと会場も大きく、観客も多くなる。
 オペラを除いては、できるだけ小さな会場の親密な空間で、音楽(楽器や奏者、観客との一体感を含めて)を味わうのが好きなので、私にとっては、やはり大きすぎると改めて感じた一時でもあった。

 音楽と最も一体感を感じるのは、やはり自分でピアノを奏でている時なのかもしれない、バッハを弾く時の、あの心震えるような愉悦を超えることがあるのだろうか、と。

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トリノのテアトロ・レージョ前、今シーズンの公演ポスター
オープニング公演は《トリスタンとイゾルデ》
《Trisutano e Isotta》と囁くと、違うオペラのような不思議な響き
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 オペラ・ファンの端くれとしては、トリノへ来たからにはここへ詣でねばと思うのは当然なのだが、オマーンで引っ越し公演中(演目は《アイーダ》)だったため、今回は残念ながらオペラ鑑賞ならず。この劇場はプッチーニとも所縁が深く《マノン・レスコー》《ラ・ボエーム》が初演されており、それを思うと胸がじんわりと熱くなる。いつの日か、ここでオペラを観たいものだ、と。
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 諦めきれず、外から内部をジロジロと観察。ここもエレガントな劇場で溜息。
 私は「劇場」が与えてくれる、ひと時の非日常性が好きだ。劇場は、舞台へと続く魅惑的な世界への入り口であり、劇場に観客として入った時から、すでに劇は始まっている。
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トリノの宿はここから1,2分という近さ。劇場前を通り過ぎる度に「ああ、オペラが観たい…」(泣)となる。
入口上にはオペラの演目が掲げられているが、見ていくと定番ものはもちろん、モンテヴェルディ《オルフェオ》、ヴェルディ《十字軍のロンバルディア人》、プーランク《人間の声》、アンドリュー・ロイド=ウェバー《エビータ》とミュージカルも、そしてヴォルフ=フェラーリ《スザンナの秘密》というラインナップで、羨ましさのあまり卒倒しそうになる。


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 昨日、クフ王のピラミッドで未知の巨大空間を発見したという番組を、古代へのロマンを感じながら観た。解明されていない空間に何があるのか、様々な推測がなされているが、早く実際を知りたいという気持ちは皆同じだろう。クフ王のミイラが安置され、そこを煌びやかな埋葬品が取り囲んでいるのか、もしくは只の空間なのか、それとも…。続報をドキドキしながら待ちたい。
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 上野の東京国立博物館の東洋館にもエジプト・コレクションがあるが、トリノのエジプト博物館はカイロに次ぐコレクションの規模で、観光ルートとして有名かつ大人気だ。私が訪れた際もかなり混み合っていた。場所は中心部に位置しており、立ち寄りやすい。
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 内部は近代的な構造となっており、大変見やすい配置。大きいものから小さなものに至るまで、想像以上の膨大さで、よくまぁ、これだけ持ってきたものだと…。ミイラも様々で、人はもちろんワニやら猫やら次から次へで、もう一生分観たような気がする。
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 目玉の彫像の間は迫力だった。凄いなぁと思うのは、古代エジプト人の描く壁画やパピルス画。平面でありながら動物や人物など、非常にリアリティがあって適格な表現、線に迷いがなく、美的センスの高さに感心。生活用具のあれこれも、造形的には現代と形はほぼ同じようなものもたくさんあり、紀元前ウン千年からこんなに高度な技術を有していたとは信じられないと、改めて圧倒されてしまった。
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パスタコーナーで頂いた、イータリー特製のポモドーロ・スパゲッティ。
味が濃くて、生パスタはモチモチ。これだけでお腹一杯! 

 自動車博物館へ向かうため、メトロのリンゴット駅で下車後、テクテクと人通りの少ない道を歩いていると、突然色鮮やかなショッピングセンターのようなものが出現、そこには大きく「EATALY」の文字が見える。「あら、こんな所に」と思わず店内へ。名前は知っていたものの、東京にもあるという店舗には行ったことがなく…。それにしても東京にも店舗があるなんて凄い、わざわざイタリアまで来なくてもいいし、日本ってなんでもあるのよね、と感心してしまう。
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 私は食が細いのだけれど(それでは不健康なので、もっと食べなくてはと思っている)、そんな私にとっても店内を巡るのは楽しい。このピッツァ、お持ち帰り♪
 他にも野菜や果物、チーズ、鮮魚、精肉、パスタ、ワイン、ドルチェ…。どれも美味しそう、充実の品揃えで、パスタコーナーでは種類の多さにやはり腰を抜かす(いったい何種類あるのやら)。それぞれのコーナーにイートインスペースが設けられているのがアイデア、このあたりがイータリーらしいのかな。
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 自動車博物館からの帰り道にまた寄って、ジェラートで一息。まだ暑さの残る季節には、沁みる美味しさ…、店内はそんなに混んでいないので、しばしのんびり。ここでもパスティッチ―二が美味しそうで溜息。ジェラートのお味はフラーゴラ&リモーネ(イチゴ&レモン)。リモーネは必ず選んでしまうほど好きなの。

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イタリアン・レッドが美しい、歴代レーシングカーのコーナー。
映像との展示に、自動車へのロマンと憧れが凝縮されていて圧倒される。

 トリノはフィアットのお膝元ということで、ぜひ訪れたかった博物館。素晴らしいコレクションで、車好きにとっては狂喜乱舞の世界であるに違いない。私はといえば、走りさえすれば何でもよろしいという(今の愛用車は国産の軽)こだわりの無さなので、豚に真珠、猫に小判の世界だ。そんな私でも大変楽しめたので、車にさほど興味が無くてもお薦め。しかも、ガラ空きで思う存分満喫できる嬉しい環境。
 ここへはトリノ中心部のポルタ・ヌオーヴァ駅から数駅先のリンゴット駅で下車後、徒歩で15分~20分ぐらい。トリノのメトロは明快、東京都心の込み入ったメトロとは真逆でありがたい。
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 ポー河のほとりに近づくと、緑豊かで長閑な雰囲気。静かでいいなぁと思っていたら、いきなりガラスとコンクリートの金属的な光を放つモダンな建築物が現れて驚く。かなり大きくて迫力満点だ。
 内部はシンプルかつ洒落た展示で、美しく楽しく魅せようという配慮が感じられて感心。過去だけではなく、地球規模での環境を考慮し車の未来をも予測した、教育的効果の高さを備えているのには、本当にMeravigliosa!
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 しかし、昔のレーシングカーはこんなだったのね。レーサーが身にまとうスーツも時代を感じるなぁと。
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 トリノは歴史あるカフェが軒を連ねていることで有名。今回はアパートメントの宿泊で朝食無しということもあって、いくつか訪れてみた。宿からも近いバラッティ&ミラノは1858年創業、豪華さでは1,2を競うだけあって、思った以上にエレガント、朝から気分が盛り上がる。決して派手というのではなく、品の良い風格が感じられるのがいい。
 日曜朝ということで、ガラガラ。地元の方はカウンターで立ち飲み、クッとカフェを飲み、少しおしゃべりをして去っていく。私は観光客なので、席に座ってまったり。アペリティーボも体験してみたかったけれど、音楽祭のコンサートをびっしり入れていたので、そこまでの余裕がなくて残念。日中は観光して、夕方からは一休みして音楽鑑賞へというパターン。
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 カプチーノ&コルネット。中身はカスタードクリーム。ここのカプチーノは美味しい♪ガラスケース内には美味しそうなパスティッチーニがいろいろ。
 カプチーノには、カカオ70%のチョコレートが添えられていて嬉しい。イタリアでもカカオ率の高いものがトレンドなのかなぁと。美味しかったので、皆さまへのお土産用に大量購入してきたけれど、なんと帰国便の空港で売っていたので「……。」となった。

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 《PRIMAVERE》と銘打った今夜のプログラムは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番&ストラヴィンスキー《春の祭典》というロシア・プロ。指揮者とピアノ演奏もロシア出身という組み合わせ。
 曲はクラシック音楽ファンでなくとも、おそらく名は知っているだろう超有名曲。ラフマニノフ好きとしては嬉しい。《春の祭典》はバレエの組み合わせで観てはいるものの、オーケストラのみの演奏で聴くのは初めて。この曲は、アヴァンギャルドなコンテンポラリー・バレエでさえも喰われてしまうほどの強い音楽なので、日常的に聴きたいとは思えず、ロトやクルレンティスのCDも積読状態…(ごめんなさい)。今でもそう思えるのだから、パリで初演された際の騒ぎも、さもありなん、と。
 指揮のビシュコフは、10年以上前にザルツブルク《ばらの騎士》で接したが、カーセンの演出に対する観客の引き具合(サーッと空気が冷める感じ)と、隣にいらした貫禄たっぷりのおじい様(白タキシードのお似合いな、カラヤン時代から聴いています的な)が、さかんにブーイングをしていて、いやそこまで酷くはないのでは、指揮者が気の毒だなぁと思った記憶しかなくて…。なので、今回はリベンジ。

 ラフマニノフではキリル・ゲルシュタインがピアノ演奏。グイグイと推し進めていく感じで、迫力あり。確かにラフマニノフを弾くにはパワーが必要だが、タッチがちょっと気になった。これは10日程前に、なんとも繊細優美で音色の澄んだラフマニノフのピアノ協奏曲3番(ハオチェン・チャンがピアノ)を聴いたので、そう感じたのかもしれない。そういえば、ピアノのメーカーを確認していなかったが、ファツィオリではなかったかも。
 《春の祭典》はキリリと締まって洗練された雰囲気、ロシアの泥臭さというか、原始的な匂いというものよりも、「祭典」の祝祭的な華やかさがあり、軽やかさのあるオーケストラという印象だった。指揮は、真っ当にキッチリと曲をまとめていて好印象。
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 終演後は23時近くとなり、テアトロ・レージョ前を横切って宿へ戻る。ライトアップされたカステッロ広場周辺は、なんともロマンティック。音楽祭ののぼりが掲げられているのも、余韻に浸れるので嬉しい。


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 MITO9月音楽祭の会場の一つ、RAIアルトゥーロ・トスカニーニ・アウディトリウムへ。ここではRAI国立交響楽団による演奏を。
 ここへは宿からテアトロ・レージョを横切り、モーレ・アントネッリアーナ(国立映画博物館)方面へアーケード(ポルティコ)下をトコトコ。しかし、21時前という暗さと小雨が降っていたため、場所が分かりにくく、外見的には街に溶け込んだ地味目なコンサートホールという印象(暗くてよく見えなかった…)。内部も年期の入った雰囲気だが、これはこれで歴史を感じさせてよい。
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 ホールはシックな馬蹄形。オーケストラを聴くには大きすぎもせず、小さすぎもせず程よい感じ。今回は1階席前方で聴いたが、もっと後方でも良かったかな、と。舞台はピアノを載せてしまうと(ピアノ・コンチェルトだったので)ちょっとキツキツ。
 地元に馴染んだアットホームな、寛いだ雰囲気があって、尖がった都会っぽくないのがいい。隣の方が「どこから?」と声を掛けてくれたので、「東京から」というと目を丸くして、「おお、そんな遠くから…」と絶句。会場内を見渡してみると、ここでも日本人はもしかして自分だけじゃなかろうかと推測…。でも、文化功労者のコシノ・ジュンコさんもおっしゃっているように、感性の交流に国境や言葉の壁はないのである。音楽が繋いでくれる縁に感謝。

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 C.P.Eバッハはここ最近の大のお気に入り。そして、今回は滅多に聴くことのできない彼のオラトリオ《荒野のイスラエル人》が演奏されるとのことで非常に楽しみにしていた。演奏はオッターヴィオ・ダントーネ指揮、サント・スピリト・アカデミア・オーケストラ&合唱団(トリノにて1985年に設立。スピリト・サント=聖霊教会には行かなかったが、ご当地もので嬉しい)、そしてソリスト陣。
 《荒野のイスラエル人》はテレマンの後任を目指して渡ったハンブルクで初演され、当時でも大変評価の高かった作品。C.P.Eバッハの作品は、アヴァンギャルドで大胆な試みが刺激的だが、ここではオラトリオということで、ドラマチックでありながらも前衛さは控え、抑制を効かせて古典派的、そしてベルリン時代を彷彿とさせるエレガントな美しさが際立っている。さすがC.P.Eバッハ、期待を裏切らぬ見事な出来栄えの作品である。オラトリオだが、オペラティック、というのは、アリア(特にソプラノ2声)がバロック的で繰り返しの部分はお約束の装飾&即興性という華やかさであり、宗教的というにはあまりにも華麗。ソリストには高度な技巧が求められ、音楽自体にエンターテインメント性が高い。
 ソプラノのデュエット・アリアの美しさといったら、内容はイスラエルの民に救いを差し伸べぬ神への嘆きを謳いあげているのだが、モーツァルトに匹敵する天国的な調べで、地上を離れて天に誘われるがごときである。
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 合唱はイスラエルの民の嘆き、そして救われた歓び、神への感謝を情感豊かに表現、きっちりドラマを牽引し、引き締める。バスに割り当てられているのはモーゼ。登場シーンはシンフォニー付きで、いよいよモーゼ登場と金管を鳴らすこの辺りから、モーゼに神の無情を訴えるイスラエルの民(合唱)の怒りの場面の構成もメリハリがあり、ドラマとしてもよく出来ている。ダントーネもツボを押さえた采配ぶりで納得の表現。テノールはアロン。逆境の中、神を信じろと民を諫めるアリアには、心打たれる説得力がある。
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 会場はほぼ満員。当然歌詞はドイツ語なのだが、プログラムにはしっかりと対訳&解説付きで、本当に素晴らしい。観客で対訳を観ている方はそう多くなかったが(この辺りは日本と同じ)、集中して聴き入っている雰囲気。終了後はスタンディングオベーション。ソリストの歌唱も良くて、大満足。聴きに来て良かった、この曲はまず日本では聴けまい(というかやらないだろう)。
 驚いてしまうのは、このコンサートが無料であるということだ。これほど質の高い、オーケストラ&合唱団、ソリスト、指揮を揃え、しっかりとしたプログラムも配布している。いったいお金はどこから出ているのだろうか、と素朴な疑問が湧き出てくると同時に、日本との根本的な「文化」の享受ということの違いに想いを馳せずにはいられなかった。

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 イタリア・バロックの建築家F・ユヴァッラによる王宮を訪れた後に向かったこの教会も、またユヴァッラの設計によるもの。外見はシンプルだが、内部はこのように彫刻による壮麗な装飾が。とは言っても色調がシックなので、落ち着いた雰囲気。
 ここで、午後4時からコンサート(MITO9月音楽祭)が開催されるのだ。楽しみにしていたが、無料につき入場は先着順なので開演45分前には到着。すでに順番待ちの人がズラッと並んでいたが、中には入れそうで一安心。
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 皆さまお行儀よく並んで待っている。観客としては現地の方が多いのだろう、今回聴いたMITO9月音楽祭(計6公演)では、私のような東洋人は全くいなかったなぁと。また、こうして並ぶ経験も滅多にできないことだしと、期待でドキドキしながら待つこと数十分。
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 いよいよ中へ。中央席を確保して、内部をキョロキョロ。心の中で「わぁ~、ここでC.P.E.バッハのオラトリオが聴けるなんて!」と感慨ひとしお、写真撮りまくりだが、そんな風にソワソワと落ち着かないのは私だけのよう…。天窓から差し込む光も美しく、優雅な教会の雰囲気を満喫。コンサートの様子は、また後日。
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