新国立劇場《トリスタンとイゾルデ》(1月7日公演)

この時期に、オペラなぞ観ている場合でないのは承知ですが、指揮と演出に惹かれ観にいくことに。
2幕までしか聴いていないので、そこまでの感想となりますが…。

この曲はどちらかというと苦手。それは生理的な嫌悪感に近いもののような気がします。
「ワーグナーの毒」と言われるものなのでしょうか、自分の理性のつかないところに持っていかれる、「これは危ない。近づきすぎてはいけない、身を委ねてはいけない」というストッパーがかかるのです。
私に覆いかぶさり、息苦しさを感じさせる…、
それが私にとっての《トリスタンとイゾルデ》でした。

でも今回の演奏を聞いて、「なんだ、大丈夫じゃない」(息苦しさゼロ)。
とても健康的な《トリスタンとイゾルデ》。
夜の世界と死、そして愛の官能にひたひたと満たされるような感覚はあまりなく…。
頻繁に現れる前奏曲冒頭「苦悩・憧憬の動機」も、「だから何?」と言っているようなそっけなさに聴こえ…。
健康的というのは、演出からの印象も大きいかもしれません。
マクヴィカーによるトリスタンとイゾルデは、現代人のような描かれ方で、印象は「普通の恋人たち」。
愛情の示し方(1幕トリスタンを問い詰めるときのイゾルデの態度、愛の媚薬を飲んだ後の抱擁、2幕トリスタンからイゾルデへのキス、等)が、分かりやすいため、こちらがストレートに納得してしまいます。
これではメロドラマ、神秘性と神話性が薄くなってしまったような気がします。

マクヴィカーの演出は一度ヘンデルのオペラで接したことがありますが、古代ローマの皇帝ネロやポッペアが登場するストーリーを、現代に置き換えたもの(いわゆる「読み替え演出」)。
これがとても洗練された舞台で、鮮やかな手腕だったなと、今でも印象に残っています。
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by marupuri23 | 2011-01-10 01:55 | opera | Comments(0)