METライブビューイング《エレクトラ》

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ギリシャ悲劇を基とし、母殺しというおぞましいタブーを描いたオペラ《エレクトラ》。
この作品が持つ破壊力は、初演から100年経ってもなお健在だ。「愛は殺すのよ、愛を知らなければ死ぬことも無い…」と、エレクトラが叫ぶように、柔な常識的意識を吹き飛ばし、善悪の彼岸を仰ぎ見るような感覚を引き起こす。
その主題に沿うように、ホフマンスタールによる台詞は、生理的嫌悪をもよおすような比喩に満ち、R・シュトラウスの切り裂くような音楽が迫ってくる。ここまで生々しい「身体=ボティ」というものを感じさせるオペラは、滅多にない。そう、肉親というのは、何よりもます「身体(血)」を通じて繋がっているものだ。ホフマンスタールの感覚は正しい…。

復讐を果たしたエレクトラはいう、「幸福という重荷を背負ったものにふさわしいのは、黙って、踊ること!」。そして、クライマックス。エレクトラの中から湧き出した歓喜の舞踊の音楽が流れる。しかし踊ろうとしても、糸の切れかけた操り人形のようにぎくしゃくとして、体がいうことをきかない。そのことに愕然とするエレクトラ。その脇を、母を殺めたオレストが廃人のように通り過ぎていく…。
シェローの演出は、閉ざされた無機質な空間の中で展開され、息苦しくなるほどの圧力で、緊迫するドラマを造りあげていた。

そして、私にとってのお目当てはサロネンの指揮。
昨年、フィンランドのテロ・サーリネン・カンパニーによるダンス公演を観たが、曲は全てサロネンによるもので、これが良かった!
《フォーリン・ボディーズ》をはじめ3曲。この曲名からも分かるように、サロネンも身体から生まれる「ダンス」というものに意識的なのだろう。こうした曲を作る指揮者が、どう《エレクトラ》を表現するのかなと…。この作品自体の迫力と凄みは、十分すぎるほど伝わってきたが、ごちゃごちゃした印象にならず、すっきりとした鋭さ、そして洗練された響き。R・シュトラウス独特の美感も保たれている。
生の舞台で、こうした《エレクトラ》を聴けたらな、と思う。
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by marupuri23 | 2016-06-08 23:02 | opera | Comments(0)