フォーレ四重奏団 ~ トッパンホール H28.10.01

 ドイツ本国でも人気があるというフォーレ四重奏団、その評判を聞き、今回の公演ではブラームス(私の最も愛する作曲家だ)を取り上げるということで、トッパンホールへ。
 ブラームスの作品の中では、やはり室内楽が彼の真価を最もよく伝えてくれると思う。そう、親密な空間で、すぐ隣にブラームスが居て、密かに心情をささやいてくれるような…。

 期待が高まる中、まずはモーツァルトのピアノ四重奏曲第2番K493から。ピアノの鈴を転がすような、くっきりとした美音が素晴らしい。モーツァルトはこうした音でないと、生き生きとした彼らしい煌めきが出ない。ピアニストにとって、モーツァルトが難しい理由の一つだが、ここは完璧にクリア。ああ、こんな風にモーツァルトを弾きたい...。
 それに対して、弦はちょっと重いように感じる。どうしてもピアノの音が勝ってしまう印象だったが、この弦の重みがあれば、ブラームスはいいだろうという予感が...。

 そして細川俊夫《レテ(忘却)の水》、フォーレ四重奏団に捧げられている。題名が秀逸。現代曲によく見られる様々な奏法を駆使するのではなく、四重奏団という切り詰められた素材をストレートに用いて、意識の下へ下へと降りていく、悲しくなるほど静謐で美しい音の流れだった。
 レテの水を飲み、現世の深い悲しみを忘れるということは、深く愛した人のことも忘れてしまうということだ。それでも、皆、進んでレテの水を飲むのだろうか?生まれ変わるために、それが必要ならば、それもまた悲しい。輪廻転生は、いつか断つことができるのだろうか、と様々な想いに捉われる、深い体験を与えてくれた。

 深い余韻を残しつつ、休憩後はいよいよブラームスのピアノ四重奏曲第2番Op.26。これがもう、凄い演奏で、こちらも忘我の境地に。
 ブラームスというと、とかく渋さ(重厚)を出し、曲の構成から古典主義的アプローチの演奏が多いように思えるが、この曲は20代の、青春真っ只中に作られたものだ。同じく若書きのピアノ三重奏曲も大好きなのだが、若さゆえの感情と情熱のほとばしりが加わった、むせ返るようなロマンの薫りが、そこにはある。それを感じさせてくる演奏に出会ったのは、初めてといってもいいかもしれない。ブラームスの一般的な印象を覆してくれるような演奏に、感無量。
 ブラームスの民族音楽的な部分を、強く感じさせてくれるのも嬉しかった。故郷のハンブルクでは、よくこうした音楽を演奏していたのだろうと連想させられる。…ハンブルクに行けば、もっとブラームスに近づけるのかも、とまた思ってしまった。
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by marupuri23 | 2016-10-02 23:39 | コンサート | Comments(0)