音楽の生命

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 今月初めにフォーレ四重奏団の演奏を聴き、そのブラームスに感銘を受けCDを求めてきた(サインまで…)。
 そのブラームスのCDを改めて聴いているところだが、自分の捉えた印象が「あれ(感想を載せている)」では甘かったなぁと。その演奏は、現在のクラシック演奏の、まさに最前線ぶっちぎりではないだろうか。どうしても演奏のイメージがクルレンツィス(今、最も実際に聴いてみたい指揮者だ)と被ってしまう。外見さえ異なるが、この二つのグループによる演奏を聴いていると、目指す方向は一緒のように思えてならない。

 立花隆さんの『武満徹・音楽創造への旅』に、次の武満さんの言葉がある。
「…規格化によって西洋音楽の音は、生命を失ってしまったんだと思う。西洋音楽の音は、ピュアで、ピッチも正確だけど、日本楽器の音、東洋やアフリカの楽器の音はピュアじゃない。常に余分な音というか、雑音を伴っている。しかしその雑音の部分が独特の響きを生み、音の個性を作っているんですね。そして音楽の生命は、その音の個性にあるんです。そこのところがようやくわかってきたので、音楽の最前衛部分では、楽音の規格化と標準化の流れに抗して、規格化された楽器を規格外の奏法で弾くことによって、音の個性を取り戻そうとしたんです。…つまり、現代音楽における特殊奏法の流行と、古典音楽の復元楽器による演奏の流行とは、全く別物のように見えるかもしれないけれど、実は同じ流れの中で起きた現象だということです。楽器の音に個性を取り戻すことで、音楽の生命を取り戻そうとしたということです」

 フォーレ四重奏団の音は、「歪んで」いる。その歪みは、あるときにはこれ以上はないというほどに、大きくたわみ、震えて、こちらに跳ね返ってくる。でも、確かにブラームスで、そのざらついた手触りからドクドクと脈打つ命の鼓動が、生々しい息吹が伝わってくる。なんて、新しい音の響き…。
 これからさらに演奏がどう進化していくのか、続きが気になる四重奏団であることは間違いないな、と。

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by marupuri23 | 2016-10-11 21:54 | コンサート | Comments(0)