この会館の絵画装飾は、ティントレットが20年以上かけて取り組んだもの。ペストに対する守護聖人聖ロッコの名を付けた同信会館だが、最初に描かれた絵が、「接客の間」にある、この《キリストの磔刑》を始めとする受難伝壁画と天井画だ。
この部屋に飾る絵画については、コンペがあったものの、ティントレットが強引なやり方で獲得してしまったそう。なんとしても、ここに自分の絵を飾りたかったのだろうか。ペストから身を守りたいという、神頼み的な信念があったのかもしれない。
ティントレットが会館の絵を手掛けている間に、人口の三分の一が犠牲になったペスト大流行を始め、数回のペスト流行があったが、10人家族のティントレット家は全員無事だったそうだ。これは奇跡に近いとのこと。(『ヴェネツィア・ミステリーガイド』市口桂子著より)
そうしたことを思うと、ティントレットのライフワークというのも当然かもしれない。彼にとっては、ただの仕事以上の「何としても完成させなければならない」絵であったのだろうな、と想像を巡らせ、胸が熱くなってしまった。
また、家族を大事にし、奥様にぞっこんだったそうだ。人となりを知ってみると、また絵も一段と身近に、生きたものとして迫ってくる。
けれどもその絵は、個人を超え、祈りの象徴的な表れとなり、ティントレットの個性に彩られて、現在も存在している。
ヴェネツィアの歴史を物語る宝だなと。