梅枝 (東京観世会 H29.1.28)

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隅田川沿いの梅がちょうど見頃に。薫りに包まれる感じ。
 
 時はまさに梅の頃、能《梅枝》の鑑賞へ。
能について何か言うならば「100回観てから物申せ」とは白洲正子さんの言葉だが、やはり何かしらの感想を残しておきたいなと。オーディオガイドでの「歌舞伎は観て楽しむもの。能はやって楽しむもの」というのも、よく分かるが、日本文化のエッセンスがギュッと詰まったこの音楽劇は本当に魅力的で、それはやはり自分が日本人であるということに尽きるのだろう、身に沁み込んでいく親密感があり、故郷に戻るような懐かしさと安堵感を与えてくれる。

 音楽劇なので、その音に身を浸すのも別世界に誘われる体験なのだが、今回はシテの高梨さんの謡が、声自体にも深みがあってまさに「幽玄」な響き、うっとりしてしまった。どうしたら、人間ではないような、こうした声(優美で官能的でもあって…)が出るのかと不思議…。

 《梅枝》では、亡くなった夫への愛着心が強すぎて成仏できずに苦しんでいる妻が、執着を断つために懺悔の舞を披露する。夫の楽人が纏っていた甲と衣を身に着けて舞う姿は、装束の金色が映えて雅やかだが、夫への思慕を断ちがたいさまが、夫も奏でたであろう「青海波」や「越天楽」「想夫恋」などの雅楽の名にかけて謡われ、膝をついて涙にくれる場面は切ない。執念の生々しさを感じるものだった。

 詞章の「梅が枝にこそ 鶯は巣をくへ 風吹かばいかにせん 花に宿る鶯」は、越天楽今様の歌詞としてうたわれていたもののよう。今日訪れた隅田川の梅にも綺麗な黄緑色のメジロが数羽、蜜を吸いにきていて、ああこれが鶯であったなら、というのはメジロに失礼だな、と。

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by marupuri23 | 2017-01-29 23:37 | 日本伝統芸能 | Comments(0)