ラモーVSペルゴレーシ(《レ・パラダン》と《スターバト・マーテル》に想う)

今日は仕事が終わった後に「いなごの会」。同僚と囲碁、まだ全然ダメです…。対局まではまだまだ遠い道のり、でも楽しい。

ラモー《レ・パラダン》を観た次の日、ペルゴレーシ《スターバト・マーテル》を聴きに行ったのですが、この偶然の繋がりに、ブフォン論争が浮かんでしまい、なんだか時を越えた運命の悪戯のようなものを感じてしまいました。私が勝手に思い込んでいるだけですが…。

いったいラモーは《レ・パラダン》を通して、何を言わんとしていたのだろう、何を表現したかったのだろう…、それが私の中で曖昧模糊としています。《レ・パラダン》が上演されたのはブフォン論争が吹き荒れた後なので、それからの影響も考えられるのでしょうが…。確かにイタリア・ブッファの形式に似ています、そのパロディということなのでしょうか。そして最後に歌われる「自由バンザイ」、王侯貴族から市民へとパワーが移り変わっていく流れが感じられるようにも思えます。

なんだか、あれこれと考えてしまいました。その当時にどう受け取られたのかということは、今となってはどうでもいいことかもしれません。重要なのは、ラモーの音楽が現代でもバッハやヘンデル、モーツァルトなどと同じように生き続けており、現在でも大いに楽しむことができるということなのでしょう。今回の《レ・パラダン》のような素晴らしい舞台が上演されたことを、ラモーはきっとあの世で喜んでいるでしょう。
[PR]
by marupuri23 | 2006-11-11 23:54 | opera | Comments(0)