カテゴリ:early music( 75 )

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明日のニケ&ル・コンセール・スピリテュエルの公演、所用が入ってしまいチケットを手放すことに…。代わりにCDで我慢。ニケは6年前の初来日時にクラヴサンで、ソプラノのメシャリー(クリスチャン・ラクロワの衣装が素敵だった…)とのデュオで聴きました。フランス・バロックのプログラムで、ジャケ・ド・ラ・ゲール、フォルクレ、クレランボー、ダジャンクール、そしてラモー。この内容ではマイナーすぎたのか、会場のノリはいまいちで、ラモー「フォリのアリア」を見事に歌いきった可憐なメシャリーへの掛け声もなく、心なしかニケ&メシャリーが寂しそうな表情だったのを覚えています。
今回の来日公演は再現大編成での演奏ということで、ダンドリュー(ルイ15世の王室礼拝堂オルガニスト)の珍しい曲も演奏するのですね。
このあたりこだわりが感じられます(^-^;)

このCDはヘンデルの代表曲「水上の音楽」「王宮の花火の音楽」が収められていますが、一番の見せ場は「王宮の花火の音楽」でしょうか。序曲の金管打楽器による迫力はまるで「音の花火」。当時を再現した編成と楽器の響きは、現代楽器のように整っていませんが、かえってその野性味が当時を彷彿とさせ、バロックの祝祭を音で体感できます。

聴いていると、リュリによる「王のヴェルサイユの大ディヴェルティスマン」「魔法の島の悦楽」が浮かび上がってきて、太陽王の祝祭からヘンデルの音楽へも繋がっていることを感じさせてくれました。バロック時代の王侯貴族らの絢爛さに、ひととき思いを馳せたCD。
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今年来日した古楽アンサンブル「レ・プレジール」のCD、J.P.ヴェストフ(1656~1705)によるヴァイオリンと通奏低音のためのソナタを聴いているのですが、これは名演と思います。デビュー作品で世界初録音となるこのCDは、高く評価され、いくつもの賞を得たそうですが、納得。

ヴェストフはドレスデンで活躍したヴァイオリニストで作曲家。フランスのルイ14世を感心させ、大バッハに影響を与えたそう。また音楽史上初めて無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ集を作曲。バッハへ至る道にヴェストフあり…、曲を聴くとバッハへ繋がっていることが容易にうかがえます。
ヴァイオリンと同等の立ち場で演奏される厚みのある通奏低音、一つ一つの曲はきっちりと構成されていますが、ソナタの形式は自由で、ファンタジーに溢れています。イタリアやフランスものとは異なる世界…。

レ・プレジールによる演奏はとても知性的。曲の勢いに身をまかせアグレッシブに弾きまくるというスタイルではなく、テンポ一つをとってもしっかりとコントロールし(テンポ感が大事なところはバッハと共通するような)、一つ一つの曲を分かりやすく、そして美しく聴かせてくれます。知性的でありながら、ヴェストフの曲を表現したいという情熱が伝わってくる、熱い一枚。
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今日は復活祭後のカンタータ集《BWV12・103・146》を流しています。ガーディナー指揮によるCDですが、バッハが実際に奏でたとされるアルテンブルグのトローストオルガンを使用しています。このトローストオルガン、その壮麗さに目を奪われてしまいました(CDのブックレットに写真が載っています)。ここまで立派なオルガンは今まで見たことがありません。音も重厚。《BWV146》はオルガンによるシンフォニアが有名ですが、凄い迫力で、大のお気に入りです。チェンバロ協奏曲第一番にも使われており、かなりのテクニックを要する曲です。
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このトローストオルガンの動画を見つけました。オルガンも含めて素晴らしい教会です、ここも訪れてみたいもの。

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最近はバッハのカンタータを聴くことが多くなっていますが、これは私の体調とも関係しているのかもしれません。こうした時こそ、バッハのカンタータが慰めと支えを与えてくれることを実感(身近に感じます)。カンタータには言葉がついていますから、音楽のみの抽象的世界ではなく、具体的な世界を指し示してくれます。

今は復活祭前のためのカンタータ集を聴いています。
《BWV159 見よ、我らはエルサレムに上がる》のバスのアリア、イエスが十字架にかけられ「成し遂げられた」と歌われます。
受難が終わった安堵と苦しみから解放された心持ちを、安息の溜息のようなメロディーで表現、バッハの心安らぐ旋律が素晴らしく、印象に残ります。

《BWV22 イエスは12人の弟子を集め》は1曲目の緊迫したドラマティックさが凄い。
イエスが弟子たちに「今から私たちはエルサレムへ上っていく、そこですべて果たされるだろう、人の子について書かれている事は」と述べていきます。
「エルサレムへ上っていく」という部分が始めはテノールとバスだけで歌われ、最後は合唱も加わって繰り返し歌われます。そのことにより、これから受難が待ち受けているという緊迫感がひしひしと伝わってきます。この臨場感…バッハって、やっぱり天才。
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e0036980_2247543.jpg磯山先生の著書に導かれながらバッハのカンタータ、BWV125を聴いています。
これもシメオンのエピソード(キリストの神殿奉献)に基づく内容ですが、ボーヌで出合ったあの衝撃的なヴァイデンの手による神殿奉献画を見つけました。
実際に観て度肝を抜かれたヴァイデン、このタッチは間違いなく彼。もっといろいろと彼の作品を観てみたいものです。

このカンタータは、死が滅ぼされ、信仰によって救済が得られることを綴っていきます。「死」が滅び、言い表せないほどの光が世界を満たす…、というテノールとバスの二重唱、喜びに満ちたメロディーで心に残ります。
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キリストの神殿奉献に題をとって紡がれていくカンタータ。ルカ福音書に、メシアに会うまでは決して死なないというお告げを受けたシメオンという老人が出てきます。幼子のイエスが両親に連れられて神殿に出向いたとき、そのシメオンと出会いました。イエスを抱きしめて「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。」と神を称えるシメオン。

救いを見、安らかな思いでこの世を去れることを喜ぶシメオン、その思いに添った形で《われは満ちたれり》は歌われます。
バッハのカンタータでは、死は新たな生(神の国での)への始まり。新たな生の出発を約束され、満ち足りた思いでこの世から去るのだという、切々とした待望の思いが伝わってきます。

有名なバスのアリア「まどろめ、疲れた目よ」は、揺りかごの中で子守唄を聴いているような、とても優しい、”癒し”の曲。
ヴェニス・バロック・オーケストラ&キルヒシュラーガーで歌われたバージョンが気に入っています。
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すっかりバッハのカンタータに囚われの身…。毎日のように聴いていますが、《BWV1》のソプラノ・アリア(第3曲)、聴いているとカラヴァッジョの「マグダラのマリアの法悦」が浮かびます。この絵、「カラヴァッジョ展」での強い印象が残っています。劇的な瞬間の鮮やかさ、その迫力に目を奪われてしまいます。

e0036980_23173885.jpg~満たして下さい、天上の神から下った炎よ、御身をあこがれ求める、信仰深い胸を!
 魂は感じます、この上なく力強い促しを、並びない熱さで燃える、愛の促しを。
 魂は地上にあって、天の愉悦を味わうのです~

「法悦」を感じさせるアリアの歌詞。ソプラノの高音域で歌われる喜びに、「下った炎」を表すオーボエのメロディーが重なり合って、「天の愉悦」を表現。カラヴァッジョの描いたマグダラのマリアの思い、少しだけ想像できるような気がします。
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バッハ作品目録のトップを飾る《BWV1》の教会カンタータ。歌詞は聖書『ヨハネ黙示録』の最終章から取られています。「第1番」でありながら、聖書の最後の最後の部分を述べていることに驚きました。黙示録は預言書であり、それを巡り過去から現在に至るまで、様々な論議がなされていることはよく知られていると思います。
このカンタータは「マリアのお告げの祝日」用ですが、マリアへの受胎告知に関わる部分は見当たりません。歌詞が黙示録から取られていることを考えると、「ハルマゲドンを経てのキリスト再臨」を歌っているということになり、これまたビックリ。てっきりマリアの受胎告知を寿ぐカンタータだと思っていたので…。明星とは再臨のキリストのことだったのね。

このカンタータの最終曲は『ヨハネ黙示録』の終文
~以上すべてを証する方が、言われる。「然り、私はすぐに来る。」アーメン、主イエスよ、来てください。主イエスの恵みが、すべての者と共にあるように。~
に対応する形で歌われます。
「アーメン!アーメン!と。来てください、美しい喜びの冠よ、もはやためらわずに。私は焦がれる思いであなたをお待ちしているのです。」

ここまで聴くと、天国への憧れの強さに圧倒されてしまう…。
キリストの言葉「私はアルファでありオメガである(私は始まりであり終わりである)」を感じることができる“第1番”のカンタータでした。
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昨日の記事で挙げた『ヨーロッパ美術を読む旅』、ルター派(信仰は聖書のみに基づくものという考え)のバッハによる教会カンタータを聴く上でも参考になります。
バッハ研究の権威である磯山先生も著書で述べていらっしゃいますが、「カンタータを本当に聴いてゆくためには、内容に向かうことこそが必要である、というのが私の信念だ。音楽の表面的な美しさに接して満足するのではなく、それらが目指すもの、伝えようとするものにまで、心を向けていきたい。それによって音楽の美しさがいっそう身にしみて感じられ、感動も2倍3倍に高まることは間違いないと、私は思っている。」
これは西洋絵画に置き換えても通じますね。

バッハの器楽曲は大好きで自分でも弾いていますし、多少は親しんではいるものの、カンタータとなると壁を感じてしまいがち…。でも、バッハが心血を注ぎ込んだ仕事ですから、素晴らしいものであることは間違いなく、この宝の山に手を伸ばさないのはもったいない。
ということで、相変わらずの亀の歩みでボチボチと聴いております。内容(歌詞)をつかみながら聴くと、これが面白い(自分なりの理解ですが)。

e0036980_16232151.jpg《BWV182 天の王よ、あなたをお迎えします》を聴いていますが、受難を控えてエルサレムに入るキリストの様子が絵画的に表現されており、情景がよく伝わってきます。
まず、ロバに乗ったキリスト一行がこちら(エルサレム)へ向かってくる情景、ゆったりとしたロバの歩みを器楽のみで表現(第1曲)。だんだん近づいてきます、そして入城。ここで群集の歓喜を合唱が表現(第2曲)。


これはジオットの絵画そのままの情景、バッハの手腕に感心。

第3曲からあとは一人称の「私」の歌詞となり、受難のキリストに従う意思を歌いあげていきます。音楽の構成は数字の象徴なども用いて綿密に作り上げられていています。
感じるのは、やはり歌詞と音楽は一体ということ。喜びを歌う明るいアリアでも「受難 Leiden」という歌詞のくだりのみ暗いトーンになって、こちらをはっとさせたり…。

結論→バッハのカンタータは内容把握から入った方が、面白い。
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ここ最近は、なんだかまたもや忙しい日々が続いています。そんな中でもいくつか美術展にでかけることができ、気分転換(^-^)/
今日は国家試験一部免除のための講習会へ。免除になるだけあって内容は思ったより厳しく、宿題まで!9月までの講習、頑張ります…。

e0036980_2245081.jpg先日の白馬旅行は、久し振りに高速で長距離ドライブ。気候の良い時期で、緑の中のドライブは気持ちがいい。
こんなときのBGMは、「何にしようかな…」とシチュエーションを考えながらチョイス。
一つ目はバスティアニーニの《ラスト・レコーディング》。「帰れソレントへ」「カタリカタリ」などイタリア歌曲のオンパレード。一気に気分はイタリタン、バカンス気分が盛り上がります。が、濃い~ので、長い時間聴いていると消化不良気味に…。
二つ目は同じイタリア、ヴィヴァルディの《6つの協奏曲》アンサンブル・ラ・パストレッラのもの。ロースによるリコーダーが素晴らしく、超絶技巧も見事な軽やかな響きに魅了されます。緑豊かな風景とマッチして、小鳥のさえずりのような音色が、爽やかな風を運んでくれるようでした。
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