カテゴリ:early music( 75 )

昨日はいかにも梅雨らしい曇り空、雨の心配をしながら久し振りの神楽坂へ。
ヘアサロンで4時間半という長丁場をこなした後、商店街で相方の晩御飯を調達。「万弥」というお惣菜屋さんがあるのですが、産地の分かる無農薬野菜を使用していて、家庭ではお馴染みのおかずを取り揃えています。ぜんまいの煮付け、筑前煮など、どれも美味しそう!そしてドイツパン屋さんベッカーでプレッツェルやコロネなどを求め、食事の用意は完了。
神楽坂茶寮で一息付いた後、歩いてトッパンホールへ、ここも久し振り。
イギリス・バロック界のデュオ、ヴァイオリン奏者のマンゼ&チェンバロのエガーによるリサイタル。

数多くのCDリリースと賞に輝く、古楽ファンにはお馴染みといえるデュオですが、私は名前を知っている程度。ですので、実際に体験できる今回の来日リサイタルを楽しみにしていました。
一曲目は大バッハ、チェンバロとヴァイオリンのためのソナタBWV1015。バッハはやはり難しいのでしょう、ヴァイオリンの細かいバッセージがチェンバロに押されてしまい、こちらに届いてきません。イタリア的な明るい雰囲気を持っている曲ですが、空へ飛翔したいのに上手く飛べないような、いまひとつの印象。

ですが、2曲目のコレッリ、ヴァイオリン・ソナタ作品5から本領発揮。マンゼは前曲のバッハと、弾く姿勢から違っています。曲自体が、ヴァイオリンの特性を生かしたものだからでしょうか、全身が「歌うヴァイオリン」と化し、伸縮自在に曲を紡ぎだしていきます。エガーの通奏低音もヴァイオリンのメロディーを華麗に彩っていて、ああ、イタリアのヴァイオリン曲だなと思いました、いいです…。

パンドルフィ・メアリ(メアリでいいのかしら?)の曲は初めて。インスブルックのハプスプルク宮廷で活躍したそうで、数年前に訪れたこの宮殿を思い出しました。宿のすぐ隣だったのです、そこで実際に弾いていたのだと思うと、感慨深い…。この宮廷のカストラート歌手サッバティーニに捧げられた〈ラ・サッバティーナ〉は、カストラートの歌声を彷彿とさせるような曲で、ユニークな個性も感じられ面白かったです。
そしてビーバー。〈ロザリオのソナタ〉以外のヴァイオリン・ソナタは初めて聴きましたが、大バッハの前世代とは思えないモダンさでびっくり。深遠な〈ロザリオのソナタ〉を作曲した教会音楽家というイメージが覆ってしまいました。

チェンバロの独奏は大バッハの作品を2つ。〈幻想曲とフーガ〉、バッハのファンタジーが立ち昇ってくる緻密な音の世界を伝えてくれました。バッハのこの緻密さ、解きほぐすのに、私はまだ苦労します…。

このデュオ、さすがに息はぴったり。一心同体とはこのこと。その伸縮自在なアグレッシブさ、アドリブ感に、アクの強さを感じなくもないですが、その熱い演奏で、音楽による高揚感を久し振りに味わいました。
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e0036980_2273612.jpg今日は仕事がお休み。ですが研修報告を作成しなければならず、朝からパソコンに向かっています。合間にピアノのレッスン、日本刺繍、掃除などで時間があっという間に経ってしまいました…。ピアノのレッスンでは合間におしゃべりが入り、ピアノと関係ない話題で盛り上がります(これでいいのか!?)。

BGMはプッチーニからバロック、古典派に逆戻り。以前から気に入って聴いているのが古楽器アンサンブル、ストラディヴァリアによるコレッリらのソナタ集。ちょうど『ローマ人の物語』を読んでいるので、ローマで活躍したコレッリの曲を聴くと、南仏のローマ遺跡の町が思い出されます。コレッリのほか、ロナーティ、ボーニ、ヴェエラチーニ、タルティーニのソナタを聴くことができます。どれも個性があり、楽しめます。
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先週はレオンハルトのチェンバロ・コンサートへ、そして今日は「目白バ・ロック音楽祭」トリのコンサートに。「灼熱」というよりも静謐を感じさせる立教大学第一食堂が会場。1918年に建てられたもので、東京都選定歴史的建造物に指定されています。初めて入りましたが、映画〈ハリー・ポッター〉シリーズに登場する学園食堂に似ている!そんな異国の雰囲気を感じながら、古楽を楽しむことができるのも、この音楽祭ならでは。海外でもこうした歴史的建造物を使用している音楽祭は多いですし、来年も同様のコンセプトで開催されるのを楽しみにしています。同じ音楽祭でも、ラ・フォル・ジュルネとはずいぶん異なります(こちらは「熱狂」ですので、ギューッドッカンと詰まった感じが、これはこれでよいかと)。

日本でも、イエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルの布教活動はよく知られていますが、南米でも17世紀に同様のことが行なわれ、20世紀末になってから、やっとその当時の音楽が再発見されました。ボリビアのジャングル内にある、ウルトラバロック様式のコンセプシオン教会(一見の価値あり)だけで5千ページもの分量が残っていたとのこと。
今回はその南米バロック音楽をたっぷり楽しめました。

今日のコンサートでは、その南米で活躍したイタリア出身の作曲家ツィポリ(プラート生、チェンバロ・ソナタが魅力的)やチェルーティによる宗教曲から、作者不詳で現地住民によって作られたと思われる曲も多数プログラムにのせられ、大変興味深いものでした。
イタリア出身のツィポリ、チェルーティによる宗教曲は現地語(チキートス語)やスペイン語で歌われますが、曲の雰囲気は完全にイタリア・バロック。突き抜けるような明るさと華やかさ、特にヴァリオリン、ヴィヴァルディの協奏曲を思わせます。

今回のプログラムは、作者不詳(現地住民?)の曲がほとんどを占めていましたが、そのどれもが魅力的。土俗性の中から湧き出してくる生命力があります。素朴さから来る純粋な祈りを感じました。バロックというより、ルネサンス、中世に近い感じかもしれません。
指揮のファン・デル・スプールによる太鼓、このリズムが良し!ラテンのリズム♪♪
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最近は忙しなく過ごしていまして、このダイアリーもご無沙汰になってしまいました。コンサートはガッティのヴァイオリン・コンチェルト&ラ・ヴェネシアーナに。幅広いバロックの世界を楽しんでいます。いつの間にか今月から来月にかけ古楽鑑賞月間に…。
今日は仕事後に食材を買い込み、明日の遠足用(!?)のお弁当作りをしていました。明日に備えてもう休まねば。

e0036980_004750.jpg最近聴いているものの中から、ブルゴーニュ楽派デュファイらの曲集。















e0036980_0453353.jpg他には、エマニュエルによるブルゴーニュ地方の民謡編曲《ボーヌ地方のブルゴーニュの歌》。
来月にボーヌを訪れる予定なので、気分の盛り上げ用です(^-^;)
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千鳥ヶ淵のボートからの夜桜、淡い桜色が夜霧のように浮かび上がって、とても幻想的な風景でした。ひと時、夢幻の世界に。
その時にBGMとして私の耳に蘇って聴こえてきたのが、ヴィヴァルディのモテット「地上に真の平安はなく」のアリア。イエスの愛の中に真の平安が存在するという内容で、暖かい大らかな愛に包まれているような優しい曲。最近聴いて印象に残っていたのです。

e0036980_23295956.jpgその曲が収録されている《amor sacro(聖なる愛)》と題されたヴェニス・バロック・オーケストラ&シモーネ・ケルメスによるCD。ヴィヴァルディのモテット集。一昨年、この組み合わせで来日公演の際、私の目と鼻の先がケルメスさん、超絶技巧アリアを艶っぽさ全開で歌い切っていて、その迫力に私は(@0@)状態でした…。このCDでは、この時とは違う印象(可憐さがあります)。オケは来日時よりアグレッシブ。


曲はどれもヴィヴァルディ節が効いていて、《スターバト・マーテル》を思い起こさせるメロディーや、オペラアリアそのままといった様相。宗教曲という堅苦しさは微塵もありません。
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e0036980_22371232.jpgバッハのチェンバロ協奏曲はどれも大変魅力的で、日頃愛聴しています。このCDは、チェンバロ奏者モルテンセンが率いるコンチェルト・コペンハーゲンのもの。
今年1月に来日公演を行なったデンマークの古楽アンサンブル。コペンハーゲン王立劇場で定期的にオペラ上演を行なっており、バロックオペラも数多く手がけています(今夏のインスブルック音楽祭で、ヘンデル《アティスとガラテア》の演奏が予定されていました)。

初来日公演は、バッハのチェンバロ協奏曲1・3・4・5番という、オールバッハプログラム!私にとっては夢のよう、バッハのチェンバロ協奏曲は、これだけの名曲でありながら、実演の機会に恵まれていません。まず、チェンバロという楽器の特殊性があり、そのチェンバロに合わせた楽器アンサンブルの組み立てが難しい。特にバッハのように細かく入り組んだ曲を演奏すること自体、高い技術を要するものだと思います。バランスが欠如すると、一瞬にして曲が崩壊してしまうでしょう。

でも、それが見事に演奏された時の世界といったら、これこそバッハの精緻な音の宇宙に浸され、別次元に引き込まれる感覚です。

コンチェルト・コペンハーゲンの実演奏では、チェンバロのテクニックには驚嘆させられたものの、アンサンブルとしては物足りないような印象でした。うまく書けませんが、曲(調)によって、表現している世界が異なるはずなのですが、どの曲も同方向の表現に聴こえてしまう。
でも、このCDでは、実演よりも更に冴えたチェンバロの響き、溌剌としたアンサンブルを楽しむことができました。颯爽とした、現代的な演奏です。深みを感じるまでにはいかないのですが…。しかし、チェンバロは見事です。即興性という点では、もうジャズに近い感覚です。
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ここのところ更新が滞り気味です。舞台鑑賞や(パイジエッロ《ニーナ》)、神楽坂に食事に出かけたりと相変わらず出歩いているのですが、なかなか書き込みができなくて…。
《ニーナ》ですが、現代において上演するほどの魅力がこの作品にはあるのでしょうか、確かに所々美しい旋律も見出せますが…。魅力を見出せなかったのは、私の捉え方が悪いのか、上演あるいは作品自体の出来によるものなのか、よく分からないままです。
後のロッシーニやドニゼッティらに繋がっていくような作品ということは、よく伝わってきましたし、あまり聴くことのできない作品に接することができたという意味では、学ぶところもいろいろとあり、良かったです。
ナポリ楽派のオペラ、他の作曲家の作品も上演があると嬉しいですね。パイジエッロよりも前の世代に興味があります。レオ、ヴィンチ、ペルゴレーシ、ポルポーラなど、いろいろいらっしゃいますが、ライブで聴いてみたいナンバー1は、A・スカルラッティ。

e0036980_0211770.jpgバロック・ヴァイオリン奏者のコーエン=アケニヌと、クラヴサン奏者マルタンを中心としたアンサンブルによるモーツァルト。まろやかな演奏で、心が溶かされていくような甘さがあります。
品もあり、醸し出される雰囲気が良くて最近のBGMに。
流すのはもちろん夜に(だってアイネ・クライネ・ナハトムジーク)…。








e0036980_0254558.jpg雰囲気は、そう、このジャケットに使われているフラゴナールの絵「かんぬき」のよう…。
かんぬきの部分のみ、ジャケットに使用しており、洒落ています。
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教会暦では今日から降誕祭。私はクリスチャンではありませんが、西欧の文化芸術に近づこうとするならば、聖書やギリシャ神話の知識は必須のもの。でも、そこまで深めていくのは、クラシック音楽や西洋絵画が好きであっても、なかなか難しいことです…。表面に描かれている美しさの根底にある精神までをも、理解するなんて、私にとっては、もうそれこそ一生かかっても難しいような気がします。

e0036980_1444970.jpgラ・トゥール《キリスト降誕》。この画家による《大工の聖ヨセフ》の図版が、なぜか家にあり、小学生の頃、早朝の時間つぶしに布団の中でよく眺めていました。そのリアルな炎の描写に「まるで写真みたい…」と感嘆の想いでした。静寂さが支配する、時が止まったような別次元の世界。
数年前に本物の《大工の聖ヨセフ》をルーブルで観た時は、もう感激。別の画家がコピーしたものが、昨年ラ・トゥール展で日本に来ましたが、質は高いものの、やはり比べものになりません。ストックホルムでも真作の1つ《聖ヒエロニムス》を観れたので、嬉しかった。


人間の内面性まで描き出した、厳しい観察眼が窺える絵が多いです。カラヴァッジオとは異なった光と闇の世界を表現しています。私の中ではカラヴァッジオはヘンデル的、こちらはどちらかといえばバッハ的(静謐さが強い)かな。

e0036980_1429254.jpgガーディナーによるクリスマス・カンタータ。このジャケットの赤ちゃん、つぶらな瞳がなんとも微笑ましい。なんて愛らしいんでしょう!子供は光。
BWV151《甘き慰め、わがイエスは来ませり》の1曲目のアリアが素晴らしい。イエスが今生まれたのです!という喜びを、しっとりした甘美なメロディーで表現。

オーボエ・ダモーレが、〈ダモーレ=愛〉そのままに、イエスへの愛を歌っています。それにからむオブリガート・フルートの軽やかさ、まさに天国的。
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これから仕事なのですが、昨日の温泉が効いて体がポカポカ。あまり力が入らない感じ…。岩盤浴だとこうしたことは無いのですが。

e0036980_13381180.jpg大御所アニェス・メロン&マシュー・ホワイトによる18世紀イタリアの聖母マリアへの宗教曲を聴いています。ホワイト(カウンターテナー)、柔らかさがありながら芯の通った美声、素敵です。
ヴィヴァルディ《スターバト・マーテル》
A・スカルラッティ《サルヴェ・レジーナ》、ヘンデルのカンタータ《ああ、あまりにも不釣合いな!》
フェルランディーニのカンタータ《マリアの嘆き》が収録。

A・スカルラッティ《サルヴェ・レジーナ》、一度実際に聴いたことがあるのですが、ペルゴレーシの《スターバト・マーテル》とメロディーが大変よく似ています。スカルラッテイの方が技巧的ですが。同じナポリ派なので、この類似もうなづけるのですが、ペルゴレーシが真似をしたのではないかと思ってしまいます。
一番気に入ったのがヴィヴァルディの《スターバト・マーテル》、あえて華麗な技巧性を排した、何ともいえない情緒的なメロディー、いいです…。
ヘンデルのカンタータ《ああ、あまりにも不釣合いな!》はイタリア遊学中に作られた、若かりし日のもの。冒頭を聴いただけで、「ああ、これはヘンデルだ」と思わせられる曲。押し出すような力強さがあります。
フェルランディーニはまだよく聴いていませんが、ヘンデル作と思われていたそう。ヴェネツィアの作曲家です。
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続いてまたバッハ…。チェンバロ協奏曲の1番(BWV1052)はとても好きな曲で、コレギウム・アウレウムの演奏で初めて聴いた時から「おお、なんてかっこいい曲だ!」と一聴惚れ。バッハらしい、細かな描写ですが、それでいて大胆。あれよあれよという間に曲がどんどん展開し、いったいどこまで行くのだろうと思わせられるような奔放さ。

以前コンサートで接したレツボールのメッセージ「バロック音楽とはファンタジーのためのファンタジーである。即興という形でしかあり得ないほどの自由さを持ち、人間の感情の世界を表現することをテーマとする―」、バッハの曲を聴くと、この言葉がその通りだなぁと感じ入ります。

e0036980_2328984.jpg先日、ガーディナーのカンタータ・シリーズを聴いていたら、146番《われらあまたの苦難を経て神の御国に入らん》のシンフォニアでこの協奏曲の第1楽章が使われていてびっくり。こちらの方が有名なのですね。カンタータはほとんど聴いたことがないので…。
チェンバロがオルガンになっていますが、そうなると、さらにスケール感が増してスゴイ迫力。これが教会で演奏されたら、私なぞは神様を思うより、曲の凄さでもう恍惚(!)としてしまいます…。曲自体はカンタータの名の通り、苦難を乗り越えていくような、毅然とした意志が感じられるものですが。
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