カテゴリ:コンサート( 44 )

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村上春樹さんの新刊(紀行文集)『ラオスにいったい何があるというんですか?』に、ニューヨークのジャズ・クラブ探訪記がある。
「もしタイムマシーンがあったなら、1954年のニューヨークのジャズクラブでクリフォード・ブラウン=マックス・ローチ五重奏団のライブを心ゆくまで聴いてみたい」とのこと。
私はジャズを聴くことがあまりないが、このコンボは大のお気に入りなので、「おお、分かる!」と気分が高揚してしまった。

天才とも言われ、早世したブラウンのトランペットが素晴らしいのはもちろんだが、村上さんが「クインテットとしての質が極めて高い」と書いているように、一人のプレイヤーだけが傑出しているのではなく、五重奏団としての演奏が見事。特にローチのドラムス!バロック音楽でも通奏低音好きなので、もう堪らない…。凄い、カッコいいとしか言いようがない。私も思わず音に合わせてエア・ドラムを叩きたくなってしまうほどだ。

このコンボを聴いていると、私の中にどうしてもバッハが浮かんでくる。音楽としての表現方向が似ているのだ。決まったテンポと様々な和音(コード)の上にテーマと変奏、そして即興!最後はまた円を描く様に戻ってくる。ジャズとバッハの共通点が多く見出せるのは、よく言われることかもしれないが…。

「一期一会・全力投球をモットーとしたクリフォード・ブラウンのステージ」のように、クラシックの室内楽でもこうした熱いステージに巡り合ってみたい、と想いを巡らしてみる。調和していながらも、お互いが丁々発止でぶつかり合う、そんな生きた音楽を味わいたい。
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これぞ生きる喜び!カルミニョーラ&ヴェニス・バロックは、やはりヴィヴァルディが最も素晴らしい。まさにイタリアの風、明るい大気、鮮やかな海と空が浮かび上がります。生きるということは素晴らしいという肯定感に満ち満ちて、これほどまでに今を生きるという多幸感に溢れたコンサートは滅多にありません。

昨年はジャルスキーとのバロック・プロで、陶酔の一夜を聴かせてくれたヴェニス・バロック。今年はカルミニョーラとのゴールデンコンビ、しかも定番のヴィヴァルディにバッハのコンチェルト(大好きだ…)をいよいよ弾くとなれば、これを聴かずにはいられましょうか。
カルミニョーラがコンチェルト・ケルンと共演したバッハのコンチェルト集(最新盤)を聴いていましたが、こちらは、ついにここまできたかと思わせるようなアヴァンギャルドさ、人によっては拒否反応もあるでしょう。
ですが、今回の共演はヴェニス・バロック。また違ったバッハを聴かせてくれるだろうと楽しみにしていました。

コンサートでは、バッハのコンチェルトが3曲演奏されましたが、ポリフォニックな要素が強いバッハはやはり手強い。今回は低音部(コントラバスやチェロ)、通奏低音にボリュームがない=重さが足りない。下から音を積み上げて構築し、お互いの丁々発止に、コンチェルトでは即興の要素もないとバッハとしては物足りない。カルミニョーラもバッハになったとたんに響きが曇ってしまって、ハラハラ。
そして、バッハはどうしてもバッハ…。ヴィヴァルディになりたくても、どうしても「イタリアの風」にはなれない…。
それは今回よく分かりました…。

演奏を聴きながら、そんな歯がゆさを感じていましたが、最後のBWV1041(特に3楽章)は会心の出来映え!ここで勢いに乗ったのでしょう、その後のヴィヴァルディはまさに水を得たような新鮮な響き。カルミニョーラの鮮やかな手腕といったら、もう怒涛のごとく…。その勢いのまま、アンコール4曲(オール・ヴィヴァルディ)が続き、最高の盛り上がりに。観客の反応を受け止める感性も素晴らしい、ライブの醍醐味。

本当に、ここまでの演奏はなかなか聴けませんので、次回もまたイタリア・バロックで!コレッリを是非聴いてみたい(きっと、素敵だろうなと…)。
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毎年開催されるゴールデンウィーク中の音楽祭、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン(熱狂の日)。
今日から3日間、東京国際フォーラム内の複数のホールが会場となる、いわばクラシック音楽の“お祭り”。
お祭りにかかせない屋台もあり、ちょうど気候の良い時期ですので、野外で飲食も楽しめます。各コンサート時間も短く、値段も抑えているので、気軽に体験するにはぴったりの機会。

クラシック音楽というと、私は同僚などから「高尚な趣味」(嫌味なのかもしれませんが…)などと言われてしまうことがありますが、「音楽を楽しみたい」「感動を味わいたい」という誰もが持っているであろう、シンプルな欲求が基本にあって、好きになるのに理由はありません。この音楽祭が、クラシック音楽に馴染みがない方にとっても、今に生き続ける、生命力溢れる音楽の魅力に触れられる機会となれば、私も嬉しいのですが…。

11年目となる音楽祭ですが、私にとっては3回目の“お祭り”
今回はバッハが多く、なかなか実演の機会がないものもあって、プログラムをチェックしていたら嬉しくなってしまいました。その勢いで、1日に6つのコンサートを詰め込んでしまうという結果に…。朝の10時から夜の10時まで、ほぼオールバッハ・プロ。文字通り「熱狂の日」となってしまいました。

最後の6つ目のコンサートが、楽しみの一つだった佐藤俊介さんによるバッハのヴァイオリン・コンチェルトでしたが、期待以上の素晴らしさ!
勢いとキレのある、ガッチリとした構成と表現力はもちろんのこと、なんといってもバロックに欠かせない装飾の入れ方が本当に見事。演奏後は「ブラボー」の声が飛び交い、やはりバッハはこうでなくては、と思わせる胸のすくような演奏でした。
昨年のジャルスキーのリサイタル以来、久し振りにバロックを聴く愉悦を感じさせてくれて、まだ興奮気味…(6公演の疲れも吹き飛びました)。だから、コンサート通いは止められない…。
次回は是非、コンチェルト・ケルンでの来日公演をお待ちしています。
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コンスタンチン・リフシッツのピアノ・リサイタルへ。
「J.S.バッハの宇宙」と称した全3回のオール・バッハ・プログラム。今回は第1回目で《平均律クラヴィーア曲集第1巻》全曲。
昨年エマールによる、スタインウェイの艶やかな音色でのラグジュアリーな《平均律クラヴィーア曲集第1巻》を聴きましたが、時を置かずして、違った個性のピアニストによる演奏を聴けるのは、滅多にない機会。

《平均律クラヴィーア曲集》は鍵盤音楽の旧約聖書と言われますが、全曲通しのプログラムは珍しいです。弾くのも大変ですが、聴く方もかなり気合が必要。
バッハが好きで、バッハの曲に取り組んでいる私にとっても、全曲通して聴くとなると、これは大変という気持ちが…(もちろん、そうでない方もいると思いますが)。
それは、やはりプレリュードとフーガの組み合わせで24曲続くということが大きいのでしょうが、自分で弾いていても感じるのが、どれも個性豊かな発想が組み合わされてできているということです。教会オルガン曲を思わせる壮大なものから、ロココ調の優美可憐なもの、そして燃えたぎる情熱が放たれるものまで、それこそ人間が感じうる全てのものが表現されているかのよう。
その多様性は、とてもバッハという一人の手によって為されたとは思えないほどです。バッハの曲を弾くたびにそう思うのです、「凄いなぁ」と…。

リフシッツのバッハ、声部を弾き分けて構成を伝える、曲から曲への滑らかな流れを創るという基本はきっちり押さえながら、独自の解釈を打ち出していく、目の覚めるようなバッハでした。
1番ハ長調のプレリュードは最初の曲ということもあり、どのように弾くか難しいところだと思いますが、初めのフレーズをいきなり強音で、その後同じフレーズを弱音で弾いたのには驚きました。アフタートークの礒山先生の話だと、これはバロック音楽の特徴であるエコー効果とのことで、なるほどと…。勉強になります。
一つ一つの音を噛みしめるように奏でるリフシッツ。音色のコントラストをつけるために、ペダルを駆使しており、その効果がとてもよく出ていました。
私が感銘を受けたのは8番変ホ短調。まるで彼岸から聴こえてくるような響き、これは祈りだ…。

使用ピアノはベヒシュタイン、落ち着いた重厚な音。
このピアノとリフシッツでブラームスも聴きたいなと思ったら、アンコールでブラームス《カプリッチョ》を弾いてくれました♪嬉しいおまけ。
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先月のフランス・バロックオペラ《プラテ》に続き、今月は17世紀末のロンドンの劇音楽を味わいに。
バロック時代の雰囲気を再現すべく、無数のキャンドルで囲まれた舞台に、シノワズリの装飾が施されたチェンバロが佇む様子は、なんとも夢幻的で、それだけでも別世界へ。
その中で演奏される音楽は、「劇音楽の黄金時代」と呼ばれるのも納得の、ヘンリー・パーセルはじめ、弟のダニエル・パーセル、エクルズを中心としたプログラム。
エリザベス朝時代にシェイクスピアに代表される劇場文化が花開き、同時に劇音楽も様々に生まれましたが、時代の流れで埋もれていったのは致し方ないでしょう。

でも、古楽の演奏が盛んとなった今、演奏者自身が何度もロンドンの図書館に足を運んで発掘し、6名のアンサンブル(ヴァイオリンやリコーダー)の編成で演奏された曲の数々は、当時の劇場の熱気や活気が感じられ、それは生き生きとしたものでした。
とっても楽しかった!

ペプシュ《乞食オペラ》抜粋を聴くと、その親しみやすさと思わず踊りたくなるような楽しさに(だって曲名もダンシング・マスター!)、当時のヒットナンバーメドレーというのも納得。これではヘンデルが負けるのも仕方ないかも…。今でいう、クラシックと人気ポップスの違いと同じくらいに曲調の差がありすぎます。
今年は、この《乞食オペラ》に基づいたブレヒト&ワイルの《三文オペラ》も実際に観たので、参考になってよかった。

嬉しかったのは、大好きなコレッリの曲(ヴァイオリン・ソナタ作品5-3)も入っていたこと。いうまでもなくイタリア・バロックの大家ですが、イギリスでも大人気だったそうで、よく幕間の余興に演奏されたとのこと。
コレッリが演奏されると、一瞬でイタリアの風が吹き抜けていきます。

ロンドンの「劇場」をつかのま味わったひと時。
演奏自体もリコーダーの水内さんはじめとても見事なもので、是非、第二弾を望みます!!
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先日、生演奏付きという贅沢なドイツ・リートを味わう講座へ。この暑さを爽やかに和いでくれるような、清々しい曲の数々に触れることができて、リフレッシュ。

今回はゲーテの詩による曲が中心。ゲーテ以前のゲーテと言われるヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデから、ハイネも取り混ぜて。
一番印象に残ったのが、ハイネとシューマンの組み合わせによる《詩人の恋》から《美しい5月に》。
初めて聴きましたが、その美しさに圧倒されてしまいました。その昔、シューマンの《子供の情景》からいくつか弾きましたが、その生涯からあまり良いイメージがなくて、積極的には聴いてきませんでした。目から鱗。
詩行の最後の韻が、ピタリと嵌まって、もちろんのことですが詞だけ読んでも、響きの美しさが感じられます。

ドイツ・リートの起源はミンネ・サング。そして時代の流れで啓蒙主義、疾風怒濤を経てロマン派へ。ロマン派はゲーテがいたからこそ。
ゲーテといえば『ファウスト』そして『若きウェルテルの悩み』(両方ともオペラになっている…)。

ゲーテついては『若きウェルテルの悩み』や、わずかな詩にしか接したことがありませんが…、自然科学者としての視点が作品にも表れているのにはさすがだと思わされます。私にとっては、自然描写の見事さがまず印象的でした。

そしてゲーテとモーツァルトによる《すみれ》。これはリートというよりは、まるでオペラ・アリアのよう。
また有名な《野ばら》をシューベルト、ヴェルナー、ブラームスと聴き比べ。詩はやはり韻や強弱のリズムがよく組み立てられています。ブラームスの《野ばら》は初めて。ブラームス好きにとっては、実際に聴くことができて嬉しい驚きでした。

これを機会に、リートもより楽しく味わえそう。ドイツ語の美しさに触れることのできたひと時でした。
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先日、ラモーやモンドンヴィルのグラン・モテを聴きましたが、なんだか今年はフランス・バロックづいているのでしょうか、先月は宝塚歌劇のミュージカル《太陽王~ル・ロワ・ソレイユ~》に。
太陽王と称されたルイ14世の生涯を描いたフランス・ミュージカルで、日本初上演。2005年の初演以来、フランスの最高興業記録を打ち立てた作品です。

ウィーン・ミュージカル《エリザベート》も宝塚歌劇で日本初演でしたが、宝塚バージョンとなったように、こちらもオリジナルから変更があるとは思います。ですが、なにしろダンス主体の作品、バレエ好きだった「太陽王」のイメージとマッチしています。それこそ太陽王が愛したコメディ・バレは今で言うミュージカルに近いものですし…。
太陽王を演じた柚希礼音さんのキレあるダンス、スタイリッシュで見惚れてしまいました。

狂言回しはモリエール。この辺りもツボでしょうか。リュリは出ませんが…。ルイ14世の女性遍歴を中心としてストーリーが進みます。ストーリー的には娯楽大作の王道ですね。第1幕のマリーとの悲恋は、ラシーヌを想い起こさせるもので、せつなさが。心に残りました。

インパクト大だったのは、道化役とも言えるムッシュー(太陽王の弟フィリップ)。女装を好み、アクセサリーで着飾っていたという話そのままの出で立ちにはうなりました…。紅ゆずるさんのコミカルな演技で、軽薄さを持ちながらも世の中を皮肉る姿が冴えてました。
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それにしても、観客の一体感は凄い!ミュージカルの幕が下りても、フィナーレのレビューが続き大喝采。たっぷりと宝塚を満喫した舞台でした。
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先月のジャルスキー&ヴェニス・バロック・オーケストラに続き、今月はゾマー(ソプラノ)&コンチェルト・ケルンの公演へ。2か月続けてバロック・プロを味わえる幸せ。しかも好きなバッハとヘンデルという組み合わせ。
同年同国に生まれながら、方向性の全く異なる作曲家ですが、その違いも聴き比べて楽しむことができる、贅沢なプログラムでした。

今回の公演、ともかくオケの上手さに感心。今までCDでは聴いているものの、実際に聴くのは初めて。
シャープで引き締まった音の流れに、統一感もバツグン。これはコンサート・ミストレスである平崎さんの力によるところも大きいでしょう。エネルギッシュな演奏スタイルに、心奪われてしまいました。また、一人一人のプレーヤーの上手さも伝わってきました。チェロとコントラバスによるバッハの《結婚カンタータ》3曲目アリアの伴奏、駿馬が掛けていく描写の鮮やかなこと!
細かなバッハのフレーズも颯爽と弾きこなしていて、ハラハラすることなく聴くことができるのは凄い。
オケの通奏低音も見事。そして弱音の繊細さにうっとり。

前半は主にヘンデル。「劇場の人 ヘンデル」というところから、オペラアリアを中心にカンタータ導入部、そしてモテット。
ヘンデルの曲からは、いつもバロック絵画を連想させられます。例えばカラヴァッジオのような…。光と影のような静と動の対比、そして劇的な一瞬を切り取って鮮やかに表現する手腕は共通。
ルネサンスの調和から、バロックの劇的さへ、そして最終的にバロック的誇張の果てのような、カストラートの超然とした声によるオペラに行き着くのは、当然の帰結のようにも思えるのです。もちろんヘンデルのオペラでもカストラートは大活躍でしたが…。

ヘンデルで最も印象に残ったのは、オペラ《テセオ》からメデアのアリア「私は死ぬ、けれども復讐します」。これぞバロック・オペラの真骨頂のような激しい技巧的なアリア。しかもメデアは魔女ですし(^^;)
オケの伴奏が素晴らしかった!怒りの情念を切れ味鋭く表現していて、さすがと思わされました。

そしてバッハ《結婚カンタータ》。明るく和やか、門出を祝う幸福感が満ち満ちて、こちらも穏やかな恵みを感じることができました。
欲張っていえば、「教会の人 バッハ」ということなら世俗カンタータではなく、教会カンタータを、そしてヘンデルにも負けず劣らずの劇的表現の教会カンタータ(例えばチェンバロ協奏曲にもなっているBWV146《われらあまたの苦難を経て神の御国に入らん》とか…)だと、対比がよりくっきりとしたのではと思いますが、今回の編成では難しいですよね。
またの機会を楽しみにします♪
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先ほどコンサートから帰宅しましたが、いまだ興奮冷めやらず…。
これぞ醒めながら見る夢のようで、ジャルスキー(カウンターテナー)の歌声に陶然となりました。
もちろんヴェニス・バロックもバロックオペラの陶酔を感じさせる名サポート、さすがというほかありません。こんなにうっとりとさせられたのは久し振り。

今回の来日公演はヴェニス・バロックと共演&ヘンデルとポルポラのアリアということで、喜んで出かけたのですが、聴けて本当に良かった…。
ジャルスキーは6年ぶりに聴きましたが、その当時は方向性が定まっていないような、まだ若いという印象が強かったです(当時の感想が残っていました)。
そこからここまで大成長を遂げていることに感嘆。自分のスタイルを確立し、すでに腰の据わった風格が感じられます。
研鑽を積まれてきたのでしょう、その姿勢は同世代として「自分も頑張らねば…」と思わされるものでもありました。本当にお見事でした。

ヴェニス・バロックは今までカルミニョーラとの共演で、ヴィヴァルディを中心に、実演でもCDでも幾度となく接してきましたが、なんといっても緩徐楽章が素晴らしく、いつもまるでヴェネツィアのゴンドラに揺られているような味わい…。
今回もそうした抒情的な曲での共演が、ジャルスキーの歌と相性ぴったりでした。様式は崩さす、その中でなんと豊かな抒情性を発揮していることか!
ポルポラによる愛のアリアの数々…、
“Si pietso il tuo labbro"「これほど憐み深く貴方の唇が」,
“Alto Giove"「いと高きジョーヴェさま」
愛を歌い上げるポルポラのアリアが、ここまで美しいとは思いませんでした。これはジャルスキーという人を得て、蘇った美しさであることに間違いないでしょう。

人を得て、今、時を超えて蘇るポルポラの世界。
その美に触れられたことが一番嬉しかったですし、得難い体験ができたことに感謝です。
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今やご近所シネコンで、英国ロイヤルバレエ団の中継上映(実際には前夜の中継録画)が見られるようになったとは、いい時代になったなぁ…と思いながら、初めての上映体験へ。

《ジゼル》はとりわけ好きで、私にしては珍しいのですが、上演がある度に観に行きたくなる作品。数年前のパリ・オペラ座での来日公演では思わず涙ぐんでしまうほど感動してしまいました。
そこまで惹きつける魅力とは、何でしょうか…。
自分を裏切った恋人のためにジゼルは死に至ってしまうのですが、精霊となった後も恋人を死から守ろうとする健気さが胸を打ちます…。
生前の可憐な村娘ジゼルから、精霊となった幻想的で儚いジゼルを見比べる楽しみも大きく、白い精霊のコール・ド・バレエ(群舞)の迫力と美しさも息を飲むほどで、見どころは尽きません。
音楽の良さも外せないポイントですね。

ジゼルは、今シーズンからプリンシバルとして入団したロシアのナタリア・オシポワ。
このオシポワの素晴らしいこと!表情の豊かさはもちろん、全身の表現力が抜きんでていて、強い魅力(生命力)を放っています。「女優ダンサー」と呼びたいほど。
いやがおうにも目が惹きつけられてしまいます。

そのオシポワのパートナーは、キューバ出身のカルロス・アコスタ。
こちらもスター・ダンサーですが、包容力のある端正な踊りで、オシポワを支える安定感もバツグンでした。

中継上映の案内役はダーシー・バッセル。
特典映像としてリハーサルの様子や振付家や演出家へのインタビュー、幕間の会場の様子などが映し出され、実際に劇場にいるような雰囲気も味わえます。
これがライブビューイングの良いところ♪
日本にいながら、こうして最新の舞台に接することができるのは有難いですね、楽しみが増えました。
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