カテゴリ:その他( 43 )

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桜が散ってしまうと、いよいよ薔薇の季節だ。
「今、この瞬間を生きる」が花言葉のカルピティーム。
シックなアンテイークカラーで、クラシックなフォルムがいい。
花選びでも、自分の好みがやはり出るものだ、と。
気分が落ち込むと、花に元気をもらいたくなって、つい散財。
ダイニングに飾ると、その周りが見違えるように生き生きとする。
薔薇に活力をもらって、ルーティーンの家事も乗り切ろう。
GWはのんびりと過ごして、英気(?)を養いたいな。

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 浅草七福神めぐりで立ち寄った隅田川。雨だったので、ゆりかもめも何とはなしに憂鬱な佇まい。
 こんなグレーカラーの日に隅田川でゆりかもめ=都鳥を見ると、「われもまた いざ言問はん都鳥 わが思ひ子は東路に ありやなしやと」と《隅田川》の謡が思い返されてくる。
 悲哀極まる話だが、伊勢物語(東下り)を引き合いに出しての渡し守との掛け合いのくだりは、何とも風流。川岸にはカフェもあって、こんな日こそ、カフェでコーヒーでも飲みながら、ゆったりと景色に浸れれば幸せ。
 それにしても、ゆりかもめはとっても可愛い。都鳥だけれど、「鄙(田舎)の鳥」と言われてしまうのは、まぁ仕方ないか。
 《隅田川》は狂女物だが、オペラでも狂乱の場が見せ所になっている作品がいくつもある。イタリア・ルネサンス文学の《狂えるオルランド》もそうだけれども、この「狂う」という行為に託すものが、東西問わず共通性があるのだろう。ブリテンの《カーリュー・リバー》もあったなぁ、聴いたことがないけれど、今度聴いてみようかな。

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 この正月は晴天に恵まれ、気持ちのよい三が日だった。いつものように夫婦それぞれの実家に行きご挨拶。夫は墨田出身、浅草寺近くの牛嶋神社が北斎ゆかり(葛飾北斎が生まれ育ったのは墨田区)とのことで、「寄っていく?」と勧められ、初めてのお参り。浅草寺にはそれこそ昔、大晦日から元旦にかけて、家族で初詣に出かけていたが、川を超えてこちらまでは来ないなぁと。
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 地元の方が多いようで、結構並んでいるのにはびっくり。この神社にある北斎の大絵額は、関東大震災で焼けてしまったため、現在は白黒のパネルのみの展示。夫はTVでカラーのものを観たそうだが、この白黒パネルではよく分からないのが残念。が、86歳で描いたとは思えないような、驚くばかりの迫力は伝わってくる。カラーによる復元が行われ、昨年オープンした「すみだ北斎美術館」に展示されているとのこと。見る機会を楽しみにしよう。
 その後は、私の守り神でもある毘沙門天へ。毘沙門天に守られている地域に実家があるのは、やはり縁を感じるなぁ。

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ヴェネツィア・カ・レッツォーニコにて
  
 今年も家族揃って穏やかな新年を迎えることができました。
また、新たな一年が始まります。
皆さまにとっても、よい年となりますように。
どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

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 分断ではなく連帯へ、平和への願いを込めて。そして全ての人々が幸せでありますように。
 ベルリンで起きたあの惨事で、お知り合いのドイツの方たちも、どれだけ胸を痛めていることかと思うと、私もいたたまれない気持ちだ。昨年ベルリンを訪れたが、ツォー駅の近くに宿を取ろうと考えていたこともあり、あそこで起きたのかと思うと、まさにテロの恐怖が脅威として迫ってくる。しかも、クリスマスを迎える幸せを強く感じる場所での出来事だ。これ以上、負の連鎖が続かないように、祈るしかない。
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 クリスマスパーティーでいただいた、来年のカレンダー&クリスマスには欠かせないシュトレン(1910年創業のEmil Reimannのもの)。
 シュトレンといえば、ドレスデン。フラウエン教会がパッケージに描かれていて、大戦の爆撃から蘇ったこの美しい教会と、そしてワーグナーを聴いた夢のようなゼンパーオーパー、あまりにも有名なラファエロのある美術館を思い出す。
 かつて「エルベ川のフィレンツェ」と謳われ、過去からの復興を重ねつつあるドレスデンも、いまや分断の地だ。今年ドイツに行った友人は「ドレスデンに今行くのは危ないから取りやめた」と。日本人であっても(見た目だけでは当然国籍など分からない)危ないとの理由だ。
 もう一度祈ろう、分断ではなく連帯へ、平和への願いを込めて。そして全ての人々が幸せでありますように。

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 今日は友人達と楽しみにしていたJAL工場見学へ!予約をしてくれた友人に大感謝。
 空港は海外へのロマンがぎっしり詰まった場所で、大好きだけれども、今回はさらに飛行機を間近に見て、もう興奮してしまった。その迫力といったらない。カッコイイ!と何度も口にしながら、皆で写真撮りまくりである。コスプレも体験(^^;
 近くで見た飛行機に見とれて、ガイドの説明もあまり頭に残っていない感じだが、映像室での説明は「へえ~」と飛行機自体の詳細な造りを、あれこれと分かり易く教えてくれて、勉強になった。今度、飛行機に乗るときは、今までとは違う視点で体験できそうだ。
 ANA工場見学も行きたいなぁ。

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今日は和楽器による公演~筝と三味線、語りで構成された舞台を鑑賞してきたのですが、帰宅後アーノンクールが亡くなったことを知りました。アーノンクールたちが撒いた種、「古楽」は進化しながら後の世代に確実に引き継がれています。そしてこれからも…。

「近い将来、古楽シーンの自由に行動する精神が19世紀のレパートリーの演奏にまでおよんでくると、クラシック音楽はついにその冷たい大理石のような外見を脱ぎ捨てることになるだろう。」(アレックス・ロス著『これを聴け』より)

日本公演での《メサイア》での指揮、ピアニッシモから始まるハレルヤの合唱を忘れることはないでしょう。どうぞ、安らかにお眠り下さい。私にとって音楽は生きることと同様です。素晴らしい音楽をありがとう。
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2日前のイギリス・ルネサンス歌曲リサイタルを聴いていて、想い出された絵の一つがハント《クローディオとイザベラ》。テート美術館所蔵で、2年前のラファエル前派展にて実際に観ることができたものだ。
リサイタルでも登場したリボン付きのリュートが描かれており、「おお、まさにこれだわ」(サイズは小さめに見える、服装からゴシック時代か)と。

これは、ラファエル前派ではお馴染みの、シェイクスピアの戯曲をモチーフとした作品。『尺には尺を』からだが、戯曲は唐突に終わる印象があって、舞台を観たときには最後「ポカーン」としてしまった覚えが…(こんな感想ですみません)。絵にリュートが登場するが、戯曲にもジョン・ウィルソン(リサイタルで歌われたロバート・ウィルソンの後を継いで座付き音楽家となった)による劇中音楽がある。
ジョン・ウィルソンが音楽を付けたのは、クローディオとイザベラではなくて、マリアナ。
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ミレイ《マリアナ》は、同じく2年前のラファエル前派展で。愛を捧げた婚約者に見向きもされないマリアナの雰囲気をよく伝えている。
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キャンドルの炎には癒し効果がある。帰宅してから灯すと、気持ちの切り替えもできてホッとする。
そのゆらゆらとした暖かな揺らぎに気持ちを預けると、不思議と心が和らいでいく。よく知られているように、1/fのゆらぎという周波数を持っており、瞑想にも用いられるのがよく分かる。集中という行為の助けになるのだ。

お知り合いのキャンドル作家さんから求めた「祓キャンドル」。
古来より神道で用いられてきた大麻による手作りの芯だけあって、炎のパワフルなこと!
力強い炎には、火の「浄化」という特性を強く感じる。励まされる炎だ。
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          大宮のカフェにて。秋らしい「栗とカシスのタルト」を
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この秋、私にとってのテーマはどうやら「懐かしいものとの再会」のよう。
先月のベルリン&ドレスデンでの音楽とヴェイデンなどの絵画…、旅先で再び巡り合った「昔から好きなもの」。帰国してからは、数年ぶりとなるカルミニョーラのコンサート。
そして、当時に還った部活OB会に、先日は、学生時代からの親友と久し振りにランチ。同じ道を志し、〇十年たった今も、同様の職種でお互いに頑張っている(ええ、必死に頑張っている…)間柄だ。

お互いに同じ職種、経験や立場がそれなりに加わっているので、苦労や大変さがよく分かる。まあ、年を経たということに尽きるのだが…。こうして遠慮なく言い合えると、気持ちも晴れやかに。ありがとう。

秋は深まり、時は刻々と冬へ向かっているが、もうしばらくは「再会の秋」を楽しみたい。
…芸術の秋に、食欲の秋も。様々な秋を満喫したいもの。
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