カテゴリ:piano( 27 )

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 ここ最近はバロック&古典派中心のレッスンなので、たまには息抜きで系統の違う小曲を弾きたい…と思ってコルンゴルト《死の都》から大好きな「リュートの歌」。
 「サラッと弾きたい」…のつもりだったのに、結構難度が高いことが分かり、適当にごまかしながら練習中。先生に聴いてもらったが、この曲を聴いたことがない先生は「??」と感想も言えない感じで、コルンゴルトにも先生にも申し訳なく…。自分的にはうっとりしているのけれど、少しでも人様に伝わるように頑張りたい。
 先月にウィーン・フォルクスオーパーでは《ヘリアーネの奇跡》が上演(演奏会形式)。実際に聴いてみたいので、羨ましいなと。CDで聴いたときは作曲当時のコルンゴルトの心情と重なるように思え、胸が詰まった。時代に翻弄されながらも、その時代からこそ作り得た音楽でもあるのだろう、と。

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 今年の弾き始めもバッハから。平均律2巻の3番BWV 872をチョイスしてレッスン中。
 昨年も平均律2巻の1番ハ長調をコツコツ。前奏曲が複雑なあやとりをしているようで苦労したけれど、好きな曲なので頑張った。フーガの方は思ったよりスイスイ進んで楽しいこと!先生からOKをいただいた後、次はどの曲にしょうかと思い相談。

 私「バッハは平均律ばかり弾いているので、フランス組曲などもやったほうがいいでしょうか?」
 先生「そうねぇ、でもあなたはフーガ好きでしょ」
 私「…そうですね、好きです…」
 先生「平均律のフーガにしたら。2巻はまだそんなに弾いていないし」
 私「はい(そうだなぁ、やはり自分の好きな曲を弾こう!)」と、あっさりまた平均律をレッスンすることに。
 
 なにせ24セットもあるのだから、選び放題である。とはいえ、自分の好みの傾向があるので、また雰囲気の似ている曲になってしまったような。
 第3番変ニ長調を選んで「このフーガ、好きなんです(それに3声だし)」とお伝えしたら、「前奏曲が好きなのかと思ったのだけれど、フーガなのね。この曲のどこが好きなのかぁと、不思議」と先生には謎の様子。「このフーガのテンポ感が好きなんです。スキップするような、ノリの良さがあって…(前奏曲も大変美しいけれど)」と説明するのも難しい(^^;
 好きな曲だとモチベーションが上がるので、今回はあっという間に半分まで進んだ。嬉しいが、他の曲がおろそかになってしまうのが、いけない。ベートーヴェンのピアノソナタ31番のフーガも、いつか挑戦してみたいと思う。

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Gesangvoll,mit innigster Empfindung-「心からなる感動を持って、歌に満ちみちて」とベートーヴェンが示した第2楽章-ピアノ・ソナタ第30番を練習中である。

年度初めは、一年のうちで最も気忙しく、人の出入りもあって落ち着かない時期だ。特に昨年は部署が変わり、残業の日々…。仕事がともかく忙しく、慣れない人間関係も絡んで、殺伐とした気持ちに襲われることもあった。
そんな時、ちょうどレッスン中だったベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番の第1楽章前半、忙しくてなかなか弾く時間も取れないなか、この流れるような美しい曲を弾くと、「ああ、世の中にはこんなに美しい音楽が、世界があったんだよな…」と、心にメロディーが沁み込み、癒された。
そして、第1楽章後半-ホ長調からホ短調へと変遷し、まさにベートーヴェンらしい情熱に満ちた楽章には、気持ちを鼓舞され、励まされている。この対照的な2つの楽想の対比、2つで1つの楽章―それは「陰と陽」のように、柔らかさと激しさ、諦念と不屈が背中合わせとなり、人間というものの複雑さ、同じ人間が全く違う面を持っているということを、まざまざと感じることができる。

ベートーヴェン後期のピアノ・ソナタ。晩年の作品になるが、その世界は老いというものを全く感じさせない、どこまでも瑞々しい精神に満ちている。「枯れる」どころか、自分の世界をさらなる高みへ推し進めていることに驚嘆してしまう。
Gesangvoll,mit innigster Empfindung~第2楽章のヴァリエーションは、音楽でしか表現できないほどの想いに溢れている。
そう、unsterbliche Geliebte~「不滅の恋人」~ブレンターノ夫人(このソナタは夫人の娘に捧げられている)には、なんと相応しい楽章だろう。
不滅の輝きを放つこの楽章を弾き、味わうことのできる幸福を、今しみじみと噛みしめている。
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J.S.バッハのインヴェンション3声を5曲仕上げたところで、先生より「3声にも慣れてきたから、平均律クラヴィーア曲集1の3声ぐらいならOK」とお許しをいただき、やっとこさ憧れの平均律クラヴィーア曲集デビューを果たしました(^-^;)

3声ということで、2番のハ短調を練習中です。フーガとなると、インヴェンションより曲自体が長くなりますし、曲想もますます豊かになって、乗り乗りで弾けるのが楽しいです。よりバッハに浸るという感覚が強くなりました。プレリュードはひたすらハノンのようですが…(ハノンより素敵ですが)。

当然、1曲仕上げるのに時間もかかってきますが、コツコツとマイペースで、深めていければいいかなと。
バッハはまだまだこれから…、まだ弾きたい曲がたくさんあるというのは、幸せなことでもありますね。
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バッハのインヴェンション、2声はあと2曲を残すのみとなったところで、先生から「そろそろ3声を始めてもいいんじゃない」とのお許しが。
嬉しい!3声の譜面を見ただけでも気分が高揚、自宅での練習にも熱が入ります…。

やはり3声になると複雑になるので、譜読みにも時間がかかります。
片手ずつさらうのではなく、1声ずつさらう…
主題を見つけ、さらにその逆行形、展開形を捉え、どこの声部を表に出して弾くか、それぞれの声部とのバランスを取りながら、どのように旋律を形作っていくか…。これをしないと、弾いているほうも、聴いているほうも何がなんだか分かりません。

一種のパズルのような感覚、これはバッハならではのことで、本当に面白いです。バッハは聴くより奏でるほうが楽しいのではと思うほど。

一つの声部の間に、また次の、そしてまたその次の声部が細やかに絡みあっていくさまは、美しい織物のようです。
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国家試験を終え一ヵ月。
試験は思ったより出来が悪くて、ガッカリ。時間配分が上手くいかず…。また来年も受けることになりそうですが、対策を練って今度こそ合格へ!
おかげで机に向かって勉強する習慣が身につきました。せっかくなので、この感覚を忘れずに勉強を継続していきたいと思っています。

試験からは解放されましたが、年度末ということで、今度は仕事が忙しくなってしまい…。
そんな中ですが、2月は久し振りにピアノコンサートへ。ずっと憧れだったシフの演奏に接することができ、良い体験になりました。

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2月の記録

映画    METライブビューイング 《西部の娘》
         ⇒やっぱりいい作品、最後は涙。後味すこぶる良し。
       《告白》
         ⇒日本アカデミー最優秀作品賞となったので。映像がスタ
          イリッシュ、サスペンスとして面白かったけど、後味悪し。

コンサート 《アンドラーシュ・シフ ピアノ・リサイタル》
        オール・シューベルト・プログラム     
⇒シフの解釈には?と思うところもあったけれど、考え抜かれた緻密な表現はさすが。粒の揃ったピアニッシモの美しいこと!
学生時代に弾いたop.90。この大好きな作品を、シフの演奏で聴くことができたのは、幸せな巡り合わせ。「シューベルトの音楽でも、心慰められないときがある…」(ヘンリー・ジェイムス『ある婦人の肖像』より)の言葉が浮かぶけれど、まさしくシューベルトは慰めの音楽なのだと実感。
生きるということそのものの哀しみや辛さに、寄り添い共感するシューベルトの音楽が、しみじみと心に染み入りました。
       
       《デニス・コジュヒン ピアノ・リサイタル》
⇒昨年エリザベート王妃国際音楽コンクールで優勝。舞台に登場した瞬間「若い!」とびっくり(25歳)。リストの超絶技巧練習曲集をバリバリとダイナミックに弾きこなし、最後の《マゼッパ》には本当に圧倒されました。《マゼッパ》は大変気に入りました。大柄で身体的にも恵まれているからでしょう、音に迫力があります。アンコールもリゲティからラフマニノフ、バッハ、ショパンと4曲披露。すごいパワー。
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2年かけて仕上げたショパンのノクターンOp62-2、発表会で演奏しました。
舞台上でスポットライトを浴び演奏するなんて、昨年の結婚式以来…(この時は疲労で意識がほとんど飛んでおり…勢いで弾ききった感じ)。

そんなに緊張はしないでしょ、と軽く考えていましたが、自分の番が近づくにつれて動悸が…。予想外の緊張…。
舞台へ出て弾き始めましたが、手がこわばってしまい、細かいパッセージで指がもつれてしまいました。後半は余裕が出て、思ったように表現ができたのですが…。練習ではもっと弾けていたのに、残念。
常にこうしたプレッシャーにさらされているであろう、プロの演奏家はやっぱり凄い…(今さらながら)。
でも一つの曲を自分なりに仕上げられたことの充実感、達成感を味わうことができたのは、ありがたいこと。

レパートリーが増えていくのは嬉しいですが、人前で弾くことにもう少し慣れなくてはいけないですね。
今度、同僚のピアノサークルに参加して、度胸をつけようかと思っています。

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次の曲はグリーグ《ホルベアの時代から》前奏曲&サラバンド。
また数年がかりの取り組みでしょうが、マイペースで深めていこうかと。
そしてバッハ、今年中にはシンフォニア(3声)に移れるよう練習に励みます。
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今週BSで放映された「読まれなかったフレデリックへの手紙」を観ました。
故黒田恭一の遺稿・未完の朗読劇を草笛光子が朗読し、横山幸雄がショパンの名曲を演奏。サンドとショパンの9年間に焦点を当て、朗読劇と演奏で交互に進められるもの。
サンドの献身と庇護があったからこそ、ショパンはあれほどの名曲を作り出すことができた。それは周知の事実であるけれども、リストしかり、ワーグナーしかり、ロマン派名曲での女性の影響は大きいなと…。

e0036980_22474369.jpgこの番組でショパン《スケルツォ第2番》を初めて聴き、すっかり魅せられてしまいました。
激しさと優しさ、喜びと苦悩、高揚と落胆が交互に入れ替わり、まるで青春真っ只中の心象風景のよう。
そして今、ポゴレリッチが弾いたものを取り寄せて聴いています。


ポゴレリッチの名と評判は知っていましたが、演奏を聴いたのは実は初めて。流麗で華やかな「ピアノの詩人」ショパンの世界をイメージして聴くと、裏切られた気持ちになるかも。
「ショパンは美しくあらねばならない、美しく聴かせなければならない」といった固定観念から離れて(解放されて)います。緩急のコントラストが大きく、タッチも様々。それだけ表現の幅が広いということです。テクニックは見事ですし、音の粒立ちも美しい(曖昧さがない)。

感じられるのは、今まさに曲が生み出されたばかりのような瑞々しさ(即興性)と、生身の人間が音楽で何かを表現しているという、一種生々しいデモーニッシュさ。ショパンを自分の内的世界に取り込んで、こちらに真っ向勝負を挑んでいるという姿勢が窺えます。

クラシック音楽であるけれども「現代美術の一番大事なところは、人間と対立するような形をとっているということ」と言った村上隆さんのコメントを思い出しました。
私にとってはこれも紛れなくショパン。ある意味、私も見習いたいです。

今月の発表会を終えたら、グリーグ《ホルベアの時代から》に取り組むつもりでしたが、この曲も弾きたい!
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仕事がひと段落ついたところで、2ヶ月後に迫った発表会へ向け、身を入れて練習に励みたいと思っています。先生も気合が入ってきて、今日のレッスンではバッハを含め一時間半、みっちり仕込まれました。
今回はショパンのノクターンop.62-2、やっと曲がまとまってきました。
あとは細かい表情の肉付けをし、流れが曖昧な部分をクリアに表現していくこと。
どの曲もそうなのですが、やはり出だしが難しい…。
曲が進めば、特にショパンは自然に気持ちが持っていかれ(持っていく)、表現も合わせて付いてくるのですが。

そして、ショパンは何と言っても「美しい音」を出すこと!
タッチの方向や、力の入れ加減に細心の注意が必要。

ショパンの音楽、それは媚びるような甘ったるさも、演歌調の表現過多も見当たらない、ひとつひとつの音が、詩人のように吟味して連ね合わされた、洗練極まりない世界。
自分自身と向かい合うことで生み出されたものを、音楽と言う形で昇華させていったように思えます。だから非常に内面的でもある。

先日リサイタルがあったポゴレリッチが、この曲を取り上げたということで、ちょっと聴いてみたかったかも。
また、プログラムの中にはブラームスのインテルメッツォop.118-2もあったということですが、これは前回の発表会で弾いたもの。

…ポゴレリッチと曲の趣味が合うのでしょうか?
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朝夕はめっきり涼しくなり、鈴虫の声に秋を感じる頃となりました。
初秋の夕べ、田部京子さんによるグリーグのピアノ曲集を聴いています。北欧の空気を感じさせる透明感と、少し物悲しさを感じさせるメロディーが今の季節には合うような…。

ここのところバタバタしておりまして、なかなか更新ができません(;-;)
コンサートやオペラもめっきり行く回数が減ってしまいました…。来月からは芸術の秋ということで、いくつか予定しておりますが行けるかどうか。
古楽では楽しみなコンサート(ニケやカルミニョーラなど)が多くなり、バロック音楽好きにとっては嬉しい秋のシーズンに。ヘンデルやヴィヴァルディ、大バッハと王道バロック音楽がたくさん。
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