カテゴリ:イタリアへの旅  2016( 39 )

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 カ・レッツォーニコは、ジャンドメニコ・ティエポロとピエトロ・ロンギの美術館といってもよいほど、作品が充実。特にピエトロ・ロンギのこじんまりとした各画面には、18世紀ヴェネツィアの風俗が愛らしく、ユーモアをこめて描かれており、微笑ましい気分になる。
 その人物の描き方はどことなくカルパッチョを連想させ、またカルパッチョと同様に、まるでおとぎ話のような、非現実的な印象があって、それがまたヴェネツィアらしい。
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 絵の中でヴェネツィアらしさを強調するもの、それはなんといっても「仮面(バウタ)」だ。それぞれが仮面を被った演者で、秘密めいた何かを隠しているよう。ゴルドーニの世界の絵画版というのにも、納得。
 この都市は、やはりどこまでいっても劇場の延長線上にある。

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 カ・レッツォーニコの見学コースは2階の舞踏用ホールから。クロザートによる、だまし絵的(トロンプ・ルイユ)な天井画がいかにもバロック的。天井だけでなく、壁面もそのような設えで、なんともいえない華麗な空間となっている。
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 中国の陶磁器の見せ方が、こちらでは考えつかないないようなもので、ヨーロッパ的なものとの強引な融合に「…凄い」と。
 一昨年ドレスデンでも、日本&中国の陶磁器コレクションと、マイセン(初期の初期のもの)をたくさん見たけれども、それは美への執念が感じられるものだった。お互い、持っていないものに憧れるのは同じだなぁ。

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 ヴェネツィア・バロックの建築家、ロンゲーナによるカ・レッツォーニコへ。
 邸館を正面から眺められなかったのが残念だけれども、内部は1700年代ヴェネツィア博物館となっており、当時の雰囲気をうかがい知ることができる。
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 邸内ホールに一歩足を踏み入れたとたん、豪華な室内装飾に驚愕。フェニーチェ劇場や規模の大きいドゥカーレ宮殿とは違って、住まいの場としての華やかさに満ちている。
 色も鮮やかなヴェネツィアン・グラスのシャンデリアに目が釘付け。ここはオテル・ダニエリかと思ってしまう。ヘンリー・ジェイムズ『鳩の翼』のミリーが借りたパラッツォもこんな感じだったのだろうかと…。
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 ―「パラッツォー・レポレルリは、飾り付けをした極彩色の厳めしい偶像のように、いまだにその大きな膝の上に過去の歴史を抱いていた。この宮殿で絵画や骨とう品に取りかこまれ、崇拝され奉仕されているのは、豪華なヴェニスの消し去ることのできない過去だった」— (『鳩の翼』青木次夫 訳より)
 そう、ヴェネツィアは過去の豪華さを、まだ切なく留めようとしているような雰囲気があり、過去に沈む都市というイメージが、私にとっては強い魅力の一つだ。その運河や音楽、絵画全般にノスタルジーを感じてしまう。

 ここはカナル・グランデに面しており、ヴァポレットも泊まるのだが、信じられないほど見学者が少なくて、ゆったり過ごせる。絵画を含めた展示品も見ごたえがあって、思った以上に楽しめる博物館。
 

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 聖夜が近づいているので、アカデミア美術館で印象に残った聖母マリアを。くっきりとした線で描かれた初々しいマリアは、鮮やかな色彩が際立ち、この時代としては(15世紀)驚くほどモダンな印象。厳かな雰囲気と華やかさが同居し、生き生きとした画風に心惹かれる。
 ヤコポ・ダ・モンタニャーナはパドヴァの画家。ジョヴァンニ・ベッリーニの弟子で、アンドレア・マンテーニャからの影響が強いとのこと。マンテーニャと似ていなくもないな、と。
 ヴェネツィアの華麗なゴシック邸宅カ・ドーロ(フランケッティ美術館)にあるマンテーニャ《聖セバスティアヌス》は美術館の目玉だが、今回は行けず残念。美術館は2つしか見ることができなかったので、悔いが残っている…。またの機会に。

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 ヴェネツィアはどこを撮っても絵になる所だが、やはりカナル・グランデ(大運河)のある風景が、これぞ「ザ・ヴェネツィア」だろう。
 アカデミア美術館の目の前がカナル・グランデで、観光客を呼び込むゴンドラが待機しているのだが、この雰囲気がまたロマンチック。思わず乗りたくなってしまうけれど、いやいや、一人でゴンドラに乗っても仕方なし(夫は日本でお留守番)。
 夫へのお土産に、このゴンドリエーレの縞々公式ユニホームを求めてきたが(聖マルコの象徴、有翼の獅子ワッペンが付いているエミリオ・チェッカートのもの)、「え~」と言われてしまい、まだ袖を通してくれていない…。いえ、素敵なんですよ!(と、私は思っているが)。
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 アカデミア橋からそのゴンドラを見ると、こんな感じに。
 ヴェネツアィアの見どころは最低3日あれば、だいたい観て回れると聞いたけれど、4日間でも全然観きれなかった。パドヴァにも行きたかった、ヴィツェンツァにも…、と欲はどんとん広がってしまう(いけない…)。3ヵ月経った今でも、ヴェネツィアの余韻から醒めそうになくて、困ったものだ。

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 アカデミア美術館で思わず心揺さぶられたティツィアーノ《ピエタ》。
 これはティツィアーノの遺作で、音声ガイドによると、キリストにすがりつくような老人(聖ヒエロニムス)は、ティツィアーノの自画像と思われるとのこと。死を意識し、自らのために描いた作品に、晩年の境地が痛いほどに伝わってきた。さらに感動的なのは、画面右下に描かれている小さな奉納画。これはペストからの救済を祈願しているティツィアーノ本人と息子だ。こうした思いは、今も昔も、そして国が違えども、人が抱く根本的な願いであることに変わりはない。
 こうして、最後は自らの人生に捧げるかのように、自らの人生をも一つの芸術作品とするかのごとく、創作へ向かい、生を終えようとする芸術家のあり方に、首を垂れる思いだ。
 そう、ルネサンス音楽の巨匠、ギョーム・デュファイも晩年のモテット《めでたし天の女王》で、自らの死を意識し「死がやってこようとも、どうかたじろかずにいられますよう、心安らかでいられるよう、神よ守り給え、デュファイを憐れみ賜え」と詩に織り込めた。
この《ピエタ》を見て、そのあまりにも清らかで美しいモテットが脳裏に蘇り、しばらくこの絵の前から離れられなかった。

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 今回、アカデミア美術館で一番観たいと思っていたのが、名高いジョルジョーネの《嵐》。期待に胸膨らませていたが、なんと貸し出し中。
 しかし、《老婆》があった。これを間近で観て、その凄まじい描写力に驚愕。衝撃を受けた。これは美しいとか、綺麗だとかいうレベルのものでない、遙かにそれを超えている。こちらへの迫り方が、尋常ではない。この絵は生きている。
時代を感じさせない現代性があり、天才と呼ばれるのも納得の凄さ。直接見なければ分からなかっただろう、脳裏に焼き付いてしまった。
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 そして、この美術館にはボッスが3点あり(ドメニコ・グリマーニ枢機卿のコレクションだったそうだ)、観れるだろうと期待していたが、新しく改修した場所(企画展)にあったようで、そこまで辿り着かずに時間切れ…。貴重な機会だったのに、最初に観れば良かったと後悔。
 16世紀初頭のヴェネツィアには、ボッスの絵が何点ももたらされ人気を博し、ジョルジョーネもその影響を受けたと考えられているとのこと。(宮下規久郎『ヴェネツィア 美の都の一千年』より)《嵐》の世界も、そう思えば確かに、と思う。

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~AMOR,IO PARTO~
  Dal《Lamento d’Arianna》di Monteverdi,alle《Fonti del pianto》di Vivaldi
~愛の神よ、私は去りゆく~
  モンテヴェルディ《アリアンナの嘆き》からヴィヴァルディ《涙の泉》へ
Lieselot De Wilde,soprano
Fabiano Merlante,tiorba

 ここは、フェニーチェ劇場内のアポロンの間と呼ばれる、ごく小さな広間。テオルボとソプラノのデュオ・リサイタルには最適だった。開演前の舞台には、ファツィオリピアノとテオルボが。今回はピアノの出番はなかったものの、音色を聴いてみたかったと(ファツィオリと聞くと、ヒューイットを思い出す)。ファツィオリが制作されているサチーレはヴェネツィアのすぐ近くだ。

 《AMOR,IO PARTO》は、カッチーニの《Nuove Musiche》(新しい音楽)から。そう、新しい音楽だ!モノディ様式、バロックそしてオペラの始まり...。今回のプログラムは、この新しい音楽スタイルに捧げるとのこと。この新しい音楽は、フィレンツェで産声を上げ、ヨーロッパ諸国に伝わり発展していった。そしてオペラは現在まで生き残っている。
 また、このスタイルはそれぞれの国と時代に合わせた表現で、内容を刷新していく(例えば、ドイツのリートなど)。そうした幅広い視点から組まれたプログラムは、イタリア&イギリスの楽曲を交互に演奏するもので、歌の迷宮をアリアンナ(アリアドネ)の糸が導いていくようなイメージ。
 カッチーニ自身がテノール歌手だったそうで、歌唱については感情の表現に重きを置き、特にテキストを重要視していたとのこと。これは、現在も全く変わりないものだ。
 
 イギリスからは、初期バロックのアルフォンソ・フェッラボスコ(息子)とニコラス・ラニアー、パーセル、そしてブリテンの《聖体のキャロル》まで。このブリテン、バロックの中で聴くと異質な感じだが(でも素敵)、それは幻想的で印象に残っている。
 イタリアからはカッチーニ、メールラ、モンテヴェルディ、ヴィヴァルディという錚々たる顔ぶれ。メールラの《Folle,e ben che si crede》(そんな風に思うなんて)は愛らしくて好きな曲。しかしカッチーニとモンテヴェルディは、morire(死)そして苦しみといった歌詞が初めから満載で、濃い情念のほとばしりに「うわー」と思ってしまう。いえ、やはり凄いのですけれど…。
 ヴェネツィア生まれのカプスペルガーのリュート曲は、歯切れのよいトッカータで楽しかった。

 アンコールは、カッチーニ《アマリリ麗し》。このプログラムには、まさにふさわしい幕切れ。この馴染み深い、美しいメロディーと、初めてのイタリアの体験が重なり、思わず目頭が熱くなった。私のイタリアのオペラへの旅も、これで閉幕だ。
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 ティツィアーノ《ペーザロの祭壇画》、フラーリ聖堂にて。

 イタリア・ルネサンスの作家、アリオストが『狂えるオルランド』で、古代ギリシャの画家達を「その名声は、たとえクロト(運命の女神)の手によってその肉体が滅び去り、次いでまたその作品も消えうせようとも、いつまでも消えることなく、人々が読み書きを行う限り、物書き達の手によって、この世に命を保つであろう」と書いている。
 それは、「また当代に生きたる者や、今もなお生ある者たち」とダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロと並んで「カドーレの誉れティツィアーノ」も同様と、その作品の素晴らしさを称えている。
 ティツィアーノはアリオストと交流があり、肖像画も描いている。この肖像画もアリオストの人となりが伝わるような、魅力的な描き方だ。
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 ティツィアーノはドロミティのピエーヴェ・ディ・カドーレ生まれ。ヴェネツィアのベッリーニ工房にて学び、ジョルジョーネの助手を経て、このフラーリ聖堂の《聖母被昇天》を制作し名声を得た。
 そして、この聖堂にはティツィアーノが埋葬されている。記念碑には《聖母被昇天》が刻まれており、やはり、なんといってもこれがティツィアーノの代表作だ。その祭壇画は、聖堂の窓から差し込む光の中に浮かび上がり、まるで現実の出来事のようにリアルな感触を与えてくれる。


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 主祭壇にティツィアーノ《聖母被昇天》(画面奥)を掲げるこの聖堂は、壮麗な絵画や彫刻に彩られている。ゴシック様式の聖歌隊席も素晴らしく、祭壇画のティツィアーノやベッリーニ、ヴィヴァリーニ、そしてカノーヴァの墓碑などを眺めていると、時が経つのを忘れてしまう。
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 そして、この聖堂内部から少し外れた参事会室には、ヴェネツィア絵画の祖パオロ・ヴェネツィアーノによる《ダンドロの半円飾り》がある。パオロは、アカデミア美術館に《聖母の戴冠》、サン・マルコ大聖堂に《フェリアーレ祭壇画》があるが、優美なロレンツィオ・ヴェネツィアーノに比べると、ビザンツの影響がさらに強く感じられ、古風な印象。燃え立つような金色に浮き上がる色彩の華やかさに、目を奪われてしまう。
 この聖堂だけでも、ヴェネツィア絵画の流れを目の当たりにできるのが嬉しい。


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