カテゴリ:イタリアへの旅  2016( 37 )

 今回のヴェネツィア訪問での心残りが、スキアヴォーニ同信会館とコッレール美術館にあるカルパッチョを見れなかったこと。私はカルパッチョが好き。ラスキンが「細部におけるファン・エイク、色彩におけるティツィアーノ」と称えたのもよく分かる。
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 アカデミア美術館にある《リアルト橋における聖十字架の遺物の奇跡》も、いくら見ていても飽きない。当時のヴェネツィアの風俗が手に取るように伝わってくるが、コンパニア・デッラ・カルツェ(直訳するとタイツ・クラブ。二十歳前の若者で構成され、クラブごとにタイツが違うとのこと。塩野七見さんの著書より)と思われる、当時流行の装いをした青年たちを見るのも、また楽しい。
 この腰まで届く金髪に大胆な柄違いのタイツ!カルパッチョの描く艶やかな装いの青年は、なぜか後ろ姿が多い。彼の目の前にいる人物たちも、一人ひとりが丁寧に描き分けられていて、面白い。視線はバラバラ、彼らは一体どこを見ているのだろう?
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こちらもやっぱり後ろ姿。お尻のラインを見せるのが大事なよう(^^; スタイルがいいですね。こちらの雰囲気はエキゾチック。
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 こんな柄(レースのホーザリー)、今ちょうど流行っている気がする。ちょうど足首のあたりが、アンクレットならぬバングルのような感じのところも。

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  ヴェネツィアの宿は、サン・マルコ広場の近く。
 ヴェネツィアの夜は静かだ。時々、かすかにサン・マルコ広場で奏でられているバンドミュージックが流れてくる程度で、それも0時をまわると営業終了となる。この静けさのおかげで、夜はぐっすり良眠(ローマの宿がテルミニ駅に近く騒がしかったので、よけいにありがたい)。
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 朝、目覚めて窓を開けてみると、朝日を浴びてそびえる鐘楼が見える。ヴェネツィアのシンボルの一つである、この鐘楼をここから見ることができるなんて、なんと幸せなのだろう。ひととき、ヴェネツィア人になったような...。
 宿は直接運河と繋がっていて、裏手にもう一つ入口がある感じ。ここでゴンドラが行きかうのを眺めていると、本当に別世界に迷い込んだよう。
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 この辺りは運河が通っていて、狭い路地も入り混じり、すぐ迷子になってしまいそうだが、日が暮れるとそれは幻想的。泊まってみたいと思わせる魅力的なアルベルゴがあちこちにあって、いい雰囲気だ。

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 カルパッチョを見るのは楽しい。ヴィヴァルディを聴いたサン・ヴィダル教会では祭壇画を、そしてここヴァネツィアのアカデミア美術館には《聖ウルスラ伝》の連作が並ぶ展示室があり、それは見応えがある。
 カルパッチョの醍醐味は、なんといっても細部の描写にある。特に人物については、一人ひとりに実際のモデルがいたのではないかと思わせるほどのリアリティで、当時の風俗が手に取るように伝わってくるのが面白い。
 今回、アカデミア美術館を訪れた際には、午後の遅い時間帯だったためかガラ空きで、カルパッチョも独り占め。
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 「カルパッチョ」という前菜でお馴染みのメニューがあるが、もともとは生の牛肉を薄切りにしたものだそう。カルパッチョの絵画の赤を思い起こさせるところから名付けられたそうだが、その絵を見ると、確かに赤が特徴的なアクセントとなっていることを実感。赤でも様々な色合いがあり、光の当たり具合によって微妙に色彩を使い分けるところなどは、さすがに素晴らしいなと。
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 《聖ウルスラ伝》の「イングランド使節の到着」から。青年の肩に届くほどの金髪が陽に輝いて、鮮やかだ。その衣装や胸飾りもお洒落、タイツが左右色違いなのはもちろんで、流行最先端ではないかと(^^;) もっと派手な装い(青年の華麗な装いのバリエーション)も、他の絵には描かれていて、「へぇ~こんなの着ていたのか」と思わず見入ってしまう。
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 こちらも金髪青年。背中を向けているポーズが、なんとも粋ではないか。この帽子のデザインといったら!正面から見たらどんな青年かなぁと興味をそそられる。カルパッチョのセンスが生き生きと伝わってくる名画だ。

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 カルパッチョ《サン・ヴィダルの栄光》を眺めつつ(リュートを弾く小さな天使が愛らしい)、この教会で聴いたヴェネツィア室内合奏団は本当に素晴らしかった。求めたCD(ヴィヴァルディのコンチェルト)を聴くと、あの一時が甦ってきて、また幸せな心持ちになる。
 配られたパンフレットに、教会の歴史が紹介されていた。1084年にヴィターレ・ファリエール元首(クーデターを企て1355年に斬首刑にされたマリーノ・ファリエール元首のご先祖かな?この方の名が付いたドニゼッティのオペラがある)によって設立されたとのこと。彼の守護聖人(サン・ヴィダル)に捧げられているそうだ。
 ヴェネツィアは歴史があり、芸術の都として名を馳せただけあって、一つの事柄から様々な話題が芋づる式に出てきて面白いのだが、パンフレットによれば、ヴェネツィア出身の作曲家ガルッピがこの教会に埋葬されたそうだ。なんと、びっくり。そして所縁の場所であることにジーンときてしまった。
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 ガルッピは当時大変有名な作曲家だった。同郷の劇作家ゴルドーニと組んだオペラ・ブッファは大ヒット、ロンドンやロシアに招かれ、サン・マルコ寺院の楽長にも就任している。
 曲を聴くと、そこには彼の個性(ガルッピ節)が確かに感じられ、魅力的だ。《田舎の哲学者》の生き生きとした、弾むような旋律にはワクワクするし、チェンバロ奏者としての評判が高かっただけに、鍵盤曲やトリオ・ソナタなども味わいがある。残念ながら彼が力を注いだ教会音楽は聴いたことがないけれど…。最後のオラトリオ《トビアの帰還》(題名からして魅力的ではないか)とか聴いてみたいもの。もっと彼の曲、特にオペラを聴く機会が増えれば、と思う。

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 ヴェネツィア2日目の夜は、21時からサン・ヴィダル教会でのコンサート。
 ヴェネツィアに来たからには(という台詞が多くなってしまうが)、やはりヴェネツィア音楽の代名詞であるヴィヴァルディを聴きたい。ということで、ヴェネツィア室内合奏団(Interpreti Veneziani)によるヴィヴァルディ4曲&バッハ1曲を聴いたのだが、こんなに素晴らしいヴィヴァルディを聴けるとは思わず、もう腰が抜けてしまった。
 これまでに、様々なアンサンブルで(ベルリン・バロック・ゾリステンやヴェニス・バロック、ベルリン古楽アカデミー、エウローパ・ガランテ、等々)ヴィヴァルディを聴いてきたけれど、私にとって、これこそ最高のヴィヴァルディ!なにしろ、ここで毎日のようにヴィヴァルディを弾いているのだ。上手くないわけがない、それになんといっても「お国もの」だ。音色に華と艶やかさがあって、まさにヴェネツィアそのものの印象だ。
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 失礼ながら、演奏を聴く前までは、観光客を対象とした、緩い感じなのかなと想像していたのだが、始まってみるともうビックリ。周りの観客も私と同じような「観光気分」の方が多かったと思うが、演奏が始まってみると、みなぎる音楽の集中度と迫力に、どうやら「これは真剣に聴かないといけない」と感じるようで(ちょっと声を出すと係員が注意に飛んでくる)、小さいお子さんを連れてきた方などは、少々気の毒なだぁと思ってしまったが…。
 アンサンブルとしてのバランスもよく、特に要のチェロが情熱溢れる弾きっぷりで(魂籠めて…という表現がぴったり)、演奏をグイグイとリード。このチェロのお兄さん(アマディオさん)に、すっかり魅了されてしまった。もちろん、他のメンバーもいい。
 会場には彼らのCDもたくさんあって、早速今日聴いたもの(もちろんアマディオ兄さんがソリストのもの)を購入。
 パンフレットを見ていたら、なんと2週間後に東京での来日公演が控えているではないか!謳い文句も「日本におけるヴェネツィア室内合奏団が奏でる、真のヴィヴァルディの世界」だ。
 これは是非とも行かねば、「また聴けるなんて嬉しい!」と思いながら東京に戻ってチケットを求めようとしたところ、「完売です」と…。また来年も来ていただけることを願っている。

★上のパンフレット、合奏団メンバーの撮影場所は、聖ロッコ同信会館(スクオーラ・グランデ・ディ・サン・ロッコ)。本当に見事な室内装飾!

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 この会館の絵画装飾は、ティントレットが20年以上かけて取り組んだもの。ペストに対する守護聖人聖ロッコの名を付けた同信会館だが、最初に描かれた絵が、「接客の間」にある、この《キリストの磔刑》を始めとする受難伝壁画と天井画だ。
 この部屋に飾る絵画については、コンペがあったものの、ティントレットが強引なやり方で獲得してしまったそう。なんとしても、ここに自分の絵を飾りたかったのだろうか。ペストから身を守りたいという、神頼み的な信念があったのかもしれない。
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 ティントレットが会館の絵を手掛けている間に、人口の三分の一が犠牲になったペスト大流行を始め、数回のペスト流行があったが、10人家族のティントレット家は全員無事だったそうだ。これは奇跡に近いとのこと。(『ヴェネツィア・ミステリーガイド』市口桂子著より)
 そうしたことを思うと、ティントレットのライフワークというのも当然かもしれない。彼にとっては、ただの仕事以上の「何としても完成させなければならない」絵であったのだろうな、と想像を巡らせ、胸が熱くなってしまった。
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 また、家族を大事にし、奥様にぞっこんだったそうだ。人となりを知ってみると、また絵も一段と身近に、生きたものとして迫ってくる。
 けれどもその絵は、個人を超え、祈りの象徴的な表れとなり、ティントレットの個性に彩られて、現在も存在している。
 ヴェネツィアの歴史を物語る宝だなと。

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 アカデミア橋からの夕暮れ。泣きたくなるほど美しかった。

 先月にヴェネツィアから帰国した後、偶然にもヴェネツィア出身の方(もちろんイタリア人)とお話する機会があった。
 すっかりヴェネツィアに「やられて」しまった私が、「今まで訪れたなかで、最も美しいところだ」とため息まじりに告げたところ、相手は「自分は新宿と渋谷に初めて来た時、今まで見たこともない夜景(光の洪水)に感動した。とても美しいと思った。ヴェネツィアは古代の町で、夜も薄暗い。東京でみたあんな光は、初めての経験だった」とのこと。
 また「地下というものがヴェネツィアには無いから、東京で初めて地下道を歩いたときは、今自分は地下を歩いてるんだ~と興奮した」そうだ。

 私が、ヴェネツィアの持つ古代から変わらぬが故の美しさに感動を覚えるとのは逆に、彼は東京が持つ新しさに感動しているのだった。
 ああ、これは完全にお互いカルチャーショックなんだなぁと、納得したようなしないような、複雑な心持ちに。
 「そして日本に恋をしたんです。」と嬉しそうにサラッと言えてしまうのが、さすがイタリア人…。私は恥ずかしくて「ヴェネツィアに恋しているんです」とは言えなかった。

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 カ・レッツォーニコ(17oo年代ヴェネツィア博物館)で出会ったマルコ・パルメッザーノの《聖家族と聖ヨハネ》。聖なる幼子達のなんともいえない柔らかな質感と眼差しに魅せられる。イエスを見つめる聖ヨハネの哀愁を帯びた視線が、すべてを悟っているようで、切ないなぁと。パルメッザーノの絵はヴァチカン博物館でも印象に残っているが、それよりもさらに、空気に溶け込むような柔らかさが加わっているように思える。
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 パルメッザーノは1495年にヴェネツィアに住んでいたという記録があり、この頃はジョヴァンニ・ベッリーニの新様式が流行していた。ヴェネツィア・ルネサンスだ。このベッリーニやチーマ・ダ・コネリアーノから強い影響を受けているとのこと。この色彩の柔らかさがそうなのかな...。ウフィツィやブレラにも作品があるそうだが、パルメッザーノが日本に来たことはあるのだろうか(よく知らないイタリア・ルネサンスの画家さんなので...)。

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 ヴェネツィアでの必見の一つが、このティントレットの美術館ともいえる聖ロッコ同信会館だ。ここにはなんと日本語のオーディオガイドがあり、しかも最新式(iPhone)。丁寧な音声ガイドとともに美しい映像が楽しめる。鑑賞環境としては信じられないぐらい充実しているなぁと思っていたら、ここの同信会は現在も続いているものだそう。なるほど、そういうわけか、と納得。この建物は数百前のものなのに、まだ現役バリバリなのだ。凄いなぁ…。
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 ヴェネツィアを襲ったペストの惨劇と、聖母マリアと聖ロッコによるペスト撃退が描かれているスカルパニーノの大階段を上がると、そこはティントレットの絵が満載の大広間。天井には《青銅の蛇》(病者を看護するという同信会の慈善行為の象徴)が見える。ルネサンス絵画とは思えないほどのダイナミックさ、すぐにティントレットと分かるような強烈な個性がある。
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 《青銅の蛇》の奥にある《マナの収集》。天から降り注ぐ神からの食物「マナ」の描写と、それを集める人々の動きがドラマティック。
 どれも見ごたえがあり、じっくりと見ようとすればするほど、首が辛くなってくる。でもご心配なく、天井画を心ゆくまで堪能するために大判の鏡まで用意されている。それを抱えて大広間の椅子に座り、鏡に天井を映せば、ティントレットの迫力が手に取るように見てとれる。

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 路地に現れた「ペストの医者」(伝統的ヴェネツィア仮装)に導かれるように辿り着いたのが、ティントレットの絵で埋め尽くされた聖ロッコ同信会館。聖ロッコはペストに対する守護聖人、建物はバルトロメオとスカルパニーノの設計により16世紀に完成したもの。
 この大階段はスカルパニーノの設計で、左右の壁には、1630年に流行したペストの様子が描かれている(アントニオ・ザンキとピエトロ・ネグリによるもの)。しかし、この絵よりも印象に残るのは、その手前に描かれた二つの絵。
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 遺体を橋から船に投げ入れる情景が生々しい。母子だろうか、母が子供を守るように腕で抱きかかえているのが可哀そうで…。遺体には黒死病と呼ばれる所以となった出血斑が見て取れて、思わず「うわ~」と唸ってしまう。
 後ろを見ると、そこには骸骨の死神が鎌を振り上げている絵があってゾッとする。そのド迫力に、先ほど見た「ペストの医者」が、可愛く思えてしまう..,。

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