カテゴリ:イタリアへの旅  2016( 39 )

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 ヴェネツィアでの必見の一つが、このティントレットの美術館ともいえる聖ロッコ同信会館だ。ここにはなんと日本語のオーディオガイドがあり、しかも最新式(iPhone)。丁寧な音声ガイドとともに美しい映像が楽しめる。鑑賞環境としては信じられないぐらい充実しているなぁと思っていたら、ここの同信会は現在も続いているものだそう。なるほど、そういうわけか、と納得。この建物は数百前のものなのに、まだ現役バリバリなのだ。凄いなぁ…。
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 ヴェネツィアを襲ったペストの惨劇と、聖母マリアと聖ロッコによるペスト撃退が描かれているスカルパニーノの大階段を上がると、そこはティントレットの絵が満載の大広間。天井には《青銅の蛇》(病者を看護するという同信会の慈善行為の象徴)が見える。ルネサンス絵画とは思えないほどのダイナミックさ、すぐにティントレットと分かるような強烈な個性がある。
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 《青銅の蛇》の奥にある《マナの収集》。天から降り注ぐ神からの食物「マナ」の描写と、それを集める人々の動きがドラマティック。
 どれも見ごたえがあり、じっくりと見ようとすればするほど、首が辛くなってくる。でもご心配なく、天井画を心ゆくまで堪能するために大判の鏡まで用意されている。それを抱えて大広間の椅子に座り、鏡に天井を映せば、ティントレットの迫力が手に取るように見てとれる。

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 路地に現れた「ペストの医者」(伝統的ヴェネツィア仮装)に導かれるように辿り着いたのが、ティントレットの絵で埋め尽くされた聖ロッコ同信会館。聖ロッコはペストに対する守護聖人、建物はバルトロメオとスカルパニーノの設計により16世紀に完成したもの。
 この大階段はスカルパニーノの設計で、左右の壁には、1630年に流行したペストの様子が描かれている(アントニオ・ザンキとピエトロ・ネグリによるもの)。しかし、この絵よりも印象に残るのは、その手前に描かれた二つの絵。
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 遺体を橋から船に投げ入れる情景が生々しい。母子だろうか、母が子供を守るように腕で抱きかかえているのが可哀そうで…。遺体には黒死病と呼ばれる所以となった出血斑が見て取れて、思わず「うわ~」と唸ってしまう。
 後ろを見ると、そこには骸骨の死神が鎌を振り上げている絵があってゾッとする。そのド迫力に、先ほど見た「ペストの医者」が、可愛く思えてしまう..,。

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 ヴェネツィアは劇場の町。ヴェネツィア自体がすでに劇場で、それにふさわしい舞台装置はすべて整っている。あとは、私たちが仮面を付けて、その舞台に上がるだけ。そのことを実感できるカーニバルは有名だが、当時から、なにも凝った衣装を用意しなくともよかったそうだ。

 塩野七生さんの『海の都の物語』に、わずかな出費で、簡単にできるという、伝統的なヴェネツィア式仮装の紹介が書かれているのだが、まさに「あ~これだわ」というものに出くわした。ヴェネツィアには仮面を扱っている土産物屋がたくさんあって、細い路地の、その店先にいらしたのだった。
 ...夜中の路地では、お会いしたくないなぁと。このシュールさに、ヴェネツィアらしい諧謔を感じるけれど…。

 この仮面は「ペストの医者」。ペスト患者を診るために医者が身に着けていた防護服だったそう。長い鼻の中には殺菌効果のあるハーブが詰められていて、丸眼鏡をかけ、肌をマントで覆い身を守っていた。
 ヴェネツィア対ペストの壮絶な様子は、町に残る建造物や絵画などからも強く感じるが、ここにも名残が…。しかし、不吉な衣装が、どうして仮装の定番になったのだろうか。

 『海の都の物語』には、これはあらゆる意味で、仮装の理想に近いと書いている。この衣装では、確かに男女の区別さえつかない。仮装という発想がここまで行きついてしまうとは、誰でも密かに抱く変身願望を体現する装置だ。知れば知るほど、驚異の町…。

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 ヴェネツィア2日目は、美術スポットの集まるドルソドゥーロ地区へ。現代美術が好きなので、プンタ・デッラ・ドガーナやグッゲンハイムへ行こうと考えたのだが、カナル・グランデ(大運河)を渡る必要がある。そうそう、ヴェネツィアに来たからには、一度ぐらいゴンドラに乗らねばと、トラゲット(渡しゴンドラ)乗り場へ。実際に乗ってみると、結構揺れるのでちょっとびびる...。
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 対岸に着くと、さらに向こう側を見てみようかなと、現代美術館群とは反対方向へテクテク。すぐにジュデッカ運河へ。キラキラと水面の反射が眩しく、パラーディオの設計した美しいレデントーレ教会が目の前に見える。
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 教会まで思ったより距離があり、お祭りの際に仮設の橋を架けるのは大変なのではないかと...。ここまでくると、人はずいぶん少なくなり、サン・マルコ広場の賑わいがうそのよう。 
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 ヴェネツィア到着日に、フェニーチェ劇場&ゴルドーニ劇場のダブルヘッダーという、人様にはとてもお勧めできない綱渡りの日程を終え(列車や開場が遅れたりしたらアウトだった...)、サン・マルコ広場を通ってホテルへと戻る。時刻はすでに10時頃だ。
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 でも、ここサン・マルコ広場の夜はまだまだ続く。老舗カフェ(ラヴェーナ。ワーグナーのお気に入りカフェ)のバンド生演奏が賑やかで、どこかで聴いたことのあるフレーズが耳に...。ああ、この切ない旋律は《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》の前奏曲だ。つい引き寄せられて、耳を傾ける。
 このオペラもフェニーチェが初演だったことを思うと、感慨深くて…。それが終わると、次は《プリティ・ウーマン》になってしまった。まぁ、これも悪くないけれど、もうホテルに戻ろう。
 明日は、美術館巡りと、ヴィヴァルディの音楽が待っている(このサン・マルコ広場を独り占めしたいならば、夜中の2時頃がお勧めだそう)。
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 上演前の舞台にはカ・ペーザロの東洋美術館にある屏風絵が映し出されており、これから始まる能舞台に向け雰囲気を盛り上げていた。今回の能《経政》は、平家物語に題材を取ったものであることから、この屏風絵も平家物語での合戦を描いたものを使用したそうだ。
 
 時間になると、まず坂東眞理子さんの講演から。着物姿で登場し「こんばんは」とご挨拶。ルペルティ・ヴェネツィア大学教授(今回の巡回公演に尽力されたとのこと。イタリアにおける日本文学および演劇研究の第一人者)が通訳をされていた。
 平家物語についての説明と、日本伝統芸能へおける影響、そして冒頭の「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色…」を日本人で知らない人はいない、と。これが琵琶法師によって語られていたことを受け、まずは琵琶による《竹生島詣》から。これは能《経政》のもとになった平家物語巻七からのもの。

 ちゃんと字幕(もちろん、イタリア語ですが)付き、この原文を訳すのはさぞ骨が折れただろうと…。琵琶の音色とともに、日本の「語り」の妙技が披露された。動きが無い分、微妙に変化していく、音の響きに集中することができたのではないかと思う。隣の若い女学生さんも、身じろぎせず聞き入っている感じ。私はといえば、さすがに旅先&ダブルヘッダーの状況で、意識が遠のいてしまい...(豚に真珠で申し訳ないと)。

 休憩をはさんで、能《経政》の上演へ。櫻間右陣氏(能の家櫻間家の第二十一代当主)がシテをつとめ、能としては一場面の簡素な構成だ。《竹生島詣》での雅な平経政(経正)は、すでに討ち死にしており、幽霊となって琵琶の音色を慕って現れる。最後の修羅道での壮絶な責苦(恨めしいと…、雅な貴公子だっただけになお哀れだ)を嘆く場面を除いては、昔を懐かしむ風情の、端正な流れ。あっという間で、まさに灯っていた燈火がふっと消えてしまったような幻の世界だった。

 能については、多く観ているわけではないので、感想など恐れ多い。だが、やはり「能舞台」というのは大事だなと。能舞台というのは、ただの「舞台」ではない。あの橋掛りは「異界」(もしくは神界)への橋掛かりで、それを渡って、シテは現世を超えた「何か」になるのだ。私は、そのことにいつも、鳥肌が立つような畏怖を感じてきた。
 また、能が始まる際に、舞台裏から流れ出る笛の音を、異界を呼び込むための合図のように感じてきたが、笛(能管)が縄文時代の石笛と酷似しており、石笛が神を呼ぶ楽器だったということを知った時、「やっぱり」と思ったものである。

 こうした「異界」に身を置く感覚を、こちらの観客の方々にも感じてもらえたら、嬉しいな、と。
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 今年、日本イタリア外交関係樹立150周年記念の事業が多く催されていることは(展覧会ではカラヴァッジョやポンペイ壁画、メディチ家の秘宝、モランディ…等々)、ご存知の方も多いと思うが、ではイタリアで日本側がどのような紹介をしているのかということは、あまり知られていないのではないだろうか(もちろんHPを見れば、概要を知ることができるが…)。

 この夏に、ローマで大々的に日本仏像展があったということは知っていたが、イタリア各地で能楽公演が催されていることは知らず、今回ヴェネツィア行きを決めてから、ゴルドーニ劇場で公演があるんだと…。
 ほか、ローマのアルジェンティーナ劇場(ナヴォーナ広場へ行く際に通ったので、あそこかと)、フィレンツェのペルゴラ劇場、ヴィチェンツァのテアトロ・オリンピコ(パッラーディオ!行きたい)にて演目を変え公演を行っている。本格的な能楽公演は約二十年振りとのこと。

 チケット購入時には、結構空席が目立ち心配していたが、開演時にはプラテア(平土間)は満員、パルコ(2階以上)はボチボチといった感じで、ひとます安心。
 日本人は、関係者を除いては現地にお住まいといった感じの方が数名で、日本人観光客などは私ぐらいだったのではないかと思う。印象的だったのは、若い方が随分と多いということだった(学生さんだろうなと)。
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 オペラの故郷ともいえるヴェネツィア、その故郷を訪れ、現代に残る華麗なフェニーチェ劇場でイタリアオペラを観るというのは私の長年の夢だった。
 今年はヴェネツィアに行こう(というか、行かねばならない、と思ってしまった)と計画を立てた際に、まず真っ先にこの劇場の上演スケジュールを検索。行けそうな時期に、ベッリーニ作曲《ノルマ》が上演、しかもマリエッラ・デヴィーアがノルマを歌う!…これでもう決まりだ。
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 ローマからヴェネツィアに到着後、サン・マルコ広場近くのホテルにチェック・インしてすぐに劇場へ向かう。開演時間が迫っていたため、美しい広場を横目で見ながら慌ただしく通り過ぎ、迷路のような路地を曲がった先に、その劇場は突然姿を現した。
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 劇場と言われなければあまりにもこじんまりとして、白亜の清楚な佇まい。でも、一歩入ればまさに劇場というほかにない、「醒めながら観る夢」に誘うような華麗な空間が広がっている。
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 初めてのイタリア、ローマ&ヴェネツィアへ。今回の旅は、まるで初めて海外旅行に行くような高揚感に満たされていて、出発前からすでに胸がドキドキ。この高まるドキドキ感は、いったいどこからくるのだろう?
 一度は行ってみたいと思っていた憧れの地。ガイドブックを開くたびに、その煌めきにクラクラしていたけれども、実際は想像していたよりもさらに美しかった。
 
 トーマス・マン(『ヴェニスに死す』)は、陸路から列車でヴェネツィアに入るのは、一つの宮殿の裏口からはいるのにひとしいと…、人はまさに、船で大海を超えて「都市の中での最も現実ばなれのしたこの都市」に到達すべきだ、と書いている。

 水上からみたこの都市のきらびやかさは、今でも幻想的で驚くべき光景だ。あっという間にヴェネツィアという舞台装置に惹き込まれ、現実と虚構が逆転し、時が別の流れに変わってしまう。こんな都市は、ここにしかない。

(実際の行路は、ローマからイタリア・ユーロスターでヴェネツィアのサンタ・ルチア駅へ。ここから水上バス2番の外回り急行でホテル近くのサン・マルコ広場に到着)
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