これから仕事なのですが、昨日の温泉が効いて体がポカポカ。あまり力が入らない感じ…。岩盤浴だとこうしたことは無いのですが。

e0036980_13381180.jpg大御所アニェス・メロン&マシュー・ホワイトによる18世紀イタリアの聖母マリアへの宗教曲を聴いています。ホワイト(カウンターテナー)、柔らかさがありながら芯の通った美声、素敵です。
ヴィヴァルディ《スターバト・マーテル》
A・スカルラッティ《サルヴェ・レジーナ》、ヘンデルのカンタータ《ああ、あまりにも不釣合いな!》
フェルランディーニのカンタータ《マリアの嘆き》が収録。

A・スカルラッティ《サルヴェ・レジーナ》、一度実際に聴いたことがあるのですが、ペルゴレーシの《スターバト・マーテル》とメロディーが大変よく似ています。スカルラッテイの方が技巧的ですが。同じナポリ派なので、この類似もうなづけるのですが、ペルゴレーシが真似をしたのではないかと思ってしまいます。
一番気に入ったのがヴィヴァルディの《スターバト・マーテル》、あえて華麗な技巧性を排した、何ともいえない情緒的なメロディー、いいです…。
ヘンデルのカンタータ《ああ、あまりにも不釣合いな!》はイタリア遊学中に作られた、若かりし日のもの。冒頭を聴いただけで、「ああ、これはヘンデルだ」と思わせられる曲。押し出すような力強さがあります。
フェルランディーニはまだよく聴いていませんが、ヘンデル作と思われていたそう。ヴェネツィアの作曲家です。
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今日は仕事が終わった後に「いなごの会」。同僚と囲碁、まだ全然ダメです…。対局まではまだまだ遠い道のり、でも楽しい。

ラモー《レ・パラダン》を観た次の日、ペルゴレーシ《スターバト・マーテル》を聴きに行ったのですが、この偶然の繋がりに、ブフォン論争が浮かんでしまい、なんだか時を越えた運命の悪戯のようなものを感じてしまいました。私が勝手に思い込んでいるだけですが…。

いったいラモーは《レ・パラダン》を通して、何を言わんとしていたのだろう、何を表現したかったのだろう…、それが私の中で曖昧模糊としています。《レ・パラダン》が上演されたのはブフォン論争が吹き荒れた後なので、それからの影響も考えられるのでしょうが…。確かにイタリア・ブッファの形式に似ています、そのパロディということなのでしょうか。そして最後に歌われる「自由バンザイ」、王侯貴族から市民へとパワーが移り変わっていく流れが感じられるようにも思えます。

なんだか、あれこれと考えてしまいました。その当時にどう受け取られたのかということは、今となってはどうでもいいことかもしれません。重要なのは、ラモーの音楽が現代でもバッハやヘンデル、モーツァルトなどと同じように生き続けており、現在でも大いに楽しむことができるということなのでしょう。今回の《レ・パラダン》のような素晴らしい舞台が上演されたことを、ラモーはきっとあの世で喜んでいるでしょう。
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昨日はそんな1日でした。これから仕事なので、感想はあれこれと書けないのだけど…。

来月10日までのベルギー王立美術館展、フランドル・バロックの作品からクノップフらの象徴派、そしてマグリッドなどのシュルレアリスム作品まで、ほぼ400年の歴史が展望できるものでした。有名どころの画家も多く、ベルギーの歴史の重みも感じることができる、見ごたえ十分のもの。展示の解説や音声ガイドもこれまでになく充実したものとなっており、驚きました。特に音声ガイド、画像も観れる!すごい進化。
おまけで嬉しかったのは、音声ガイドのBGMが、ガブリエリ、J.S.バッハ、テレマンらバロックづくし。バロック音楽やオペラに造詣の深い朝岡聡さんの選曲によるもので、作曲家、演奏家、CDタイトル&レーベルまで詳細に案内がありました。ガブリエリのカンツォーナ、いいですね。初期バロックも聴いてみようかな(^0^)♪

そして時間ギリギリで《レ・パラダン》へ。
私にとっては今年のオペラ鑑賞、最大のハイライト。海外まで行かず日本で観れる、これが一番嬉しい。でも日本で馴染みがあるとはとても言えないラモーのオペラ。ちょっと不安も抱えつつの鑑賞でした。

私にとってはそれなりにもう身に馴染んでいるラモーの曲、でも斬新な転調部分(アンセルムが登場するシーンや、復讐の神のシーン)にはハッとさせられ、多彩なオーケストレーション(楽器の多彩さは目を見張るばかり)に、改めてアバンギャルドさを感じ…。そしてダンサブル、ラモーの魅力が詰まっていました。でも、これだけがラモーの魅力の全てでは無いけど…。

あと1日観ます。この時はクリスティのすぐそばの席。
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気がついてみると、この公演自体の感想が抜けておりました…。
このオペラ、実のタイトルは《イダマンテ》ではと思えるほど、藤村さんの存在が際立っておりました(やはりというべきか…)。数年前の《カルメン》では、クールで知的なカルメン像を作り上げており、それが、あるべき姿のカルメンであるかどうかは別として、この方の個性が打ち出されており、興味深かったです。世界の檜舞台でも遜色なく主役級を担うことのできるメゾでいらっしゃるので、いつもスズキやブランゲーネ、フリッカではと思いますし、また日本でいろいろなものを歌っていただきたいです。

タイトルロールの方ですが、ちょっとパワー不足。このオペラの要なのですが、今回は完全に息子に持っていかれてしまいました。特に2幕の大アリア「嵐の海からは逃れたものの」は、切迫した心理状態が、モーツァルトらしいパッセージで展開されていく見事な曲で、ドラマの進行上でも重要な部分だと思うのですが、それが伝わってこないのは残念でした。
このオペラ、本当に音楽そのものによって心理的ドラマが展開していくので、演奏がそれをきっちり伝えてくれないと、なかなか見る側に伝わっていかないのではと思います。

そうした意味で、今回の演出は音楽を妨げず、こちらを混乱させないものでした。だからといってそうしたものがベストかなのかと言えば、そうでもないとは思いますが…。
ちょうどノイエンフェルスの演出したこのオペラ、初演は03年ですが、上演の是非について日本の新聞でも大きく取り上げられています。この方のモーツァルト《後宮からの逃走》、観ましたが、ここまでくると私にはもう着いていけません、ごめんなさい。なので、あまり見たいとは思わないのですが、どうなのでしょう。
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