ラモーの新クラヴサン曲集から《アルマンド》を練習し始めて8ヶ月、なんとか通せるようになりました。先月、チェンバロの先生(体験教室)の前で披露したときには、「かなり問題がありますね…。バッハはピアノでもなんとかなりますが、フランスものは難しいですよ。それにこの曲、ラモーの《アルマンド》の中でも一番難しいですし」と、バッサリ言われてしまいました。でも好きなので、自己満足。ピアノの先生には、「まあピアノだし、これで十分では」と慰められ…。装飾音でありながらそうではない(メロディーの一部、意味がある音)、どちらの手でどちらの声部を弾くか、どこを強調するかなど、頭を整理しながら進めていかねばなりません。でも、バロックはそこがおもしろいところかも。

e0036980_1144435.jpg次は《エジプトの女》にしようかと。《アルマンド》よりは易しいですが、テンポが速いので…。表題通りエスニックな雰囲気で、ダンサブル。エジプトの女性が魅惑的なダンスを披露しているイメージです。同曲集の《未開人》はアメリカ・インディアンのダンス、伝統的な舞曲の枠を超えていて、本当にアヴァンギャルド。

弾いていてもウキウキと体が動き、身体的感覚が強いのが、ラモー。バッハの舞曲ではこうはなりません。

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この曲の弦楽合奏版も楽しく、愛聴版です。ルセ指揮レ・タラン・リリクのもの。
クリスティのラモーと比べ、ルセのラモーは重みというか、重力のある感じがします。それぞれのラモー《ゾロアストル》を聴きましたが、テンポにもかなり差がありました。
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教会暦では今日から降誕祭。私はクリスチャンではありませんが、西欧の文化芸術に近づこうとするならば、聖書やギリシャ神話の知識は必須のもの。でも、そこまで深めていくのは、クラシック音楽や西洋絵画が好きであっても、なかなか難しいことです…。表面に描かれている美しさの根底にある精神までをも、理解するなんて、私にとっては、もうそれこそ一生かかっても難しいような気がします。

e0036980_1444970.jpgラ・トゥール《キリスト降誕》。この画家による《大工の聖ヨセフ》の図版が、なぜか家にあり、小学生の頃、早朝の時間つぶしに布団の中でよく眺めていました。そのリアルな炎の描写に「まるで写真みたい…」と感嘆の想いでした。静寂さが支配する、時が止まったような別次元の世界。
数年前に本物の《大工の聖ヨセフ》をルーブルで観た時は、もう感激。別の画家がコピーしたものが、昨年ラ・トゥール展で日本に来ましたが、質は高いものの、やはり比べものになりません。ストックホルムでも真作の1つ《聖ヒエロニムス》を観れたので、嬉しかった。


人間の内面性まで描き出した、厳しい観察眼が窺える絵が多いです。カラヴァッジオとは異なった光と闇の世界を表現しています。私の中ではカラヴァッジオはヘンデル的、こちらはどちらかといえばバッハ的(静謐さが強い)かな。

e0036980_1429254.jpgガーディナーによるクリスマス・カンタータ。このジャケットの赤ちゃん、つぶらな瞳がなんとも微笑ましい。なんて愛らしいんでしょう!子供は光。
BWV151《甘き慰め、わがイエスは来ませり》の1曲目のアリアが素晴らしい。イエスが今生まれたのです!という喜びを、しっとりした甘美なメロディーで表現。

オーボエ・ダモーレが、〈ダモーレ=愛〉そのままに、イエスへの愛を歌っています。それにからむオブリガート・フルートの軽やかさ、まさに天国的。
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北とぴあでの鑑賞でした。
このオペラ、まずゴルドーニの台本がすごいと思いました。名前は有名ですが、実際の作品には初めて接したことになります、度肝を抜かれました。この笑いのセンスというか、世界の捉え方、モリエールと合い通じるものがあるのではないかと思います。イタリア演劇の改革者というのも、深くうなづけました。
この《月の世界》、コメディア・デラルテの精神ー世界のパロディ化、価値観がひっくり返るというところを、もうそのまま表現していますね。来年は生誕300年にあたり、日本でもゴルドーニ関連のイベントが企画されているとのこと、ぜひ他の作品にも接してみたいと思います。

この機知に富んだ台詞に付けられたハイドンの音楽が、これまたぴったりはまっていて楽しい。モーツァルトの師とも言えるハイドン。モーツァルトのように、人の心の奥底までも、見てはならないようなものまで表現してしまう深みは感じられないのですが(時代背景もあるでしょうが、もしくは私にハイドンの音楽が分かっていないからそう感じるのか)、とても上質なものを感じます。そんなにかしこまっていなくて、居心地の良い、もてなし上手のレストランに来た感じ。作品として、よくできていると感心しました。

演出は、この作品の楽しさを変な方向へゆがめてはいないようでしたが(あの悪夢のような《セルセ》を思い出します)、流行を追った、安易な方法で作品の印象までもチープにしてほしくありません。この作品は演奏会形式でも、十分に楽しさが伝わるものと思いました。

オケは、以前のラモーではフランス・ロココの雰囲気が感じられませんでしたが、今回は演奏しやすい曲だったのでしょうか、悪くはない印象です。キビキビとした溌剌さ、鋭さが加わると、ピリッと薬味が効いて更にブッファの醍醐味を味わえたように思えます。歌手の方、森さんは守ってあげたくなるような可憐さですね、ひたむきな歌唱が心に残りました。野々下さんは安定した歌唱、もっとも重要なブオナフェーデ役のベッティーニ、芸達者振りに拍手です。

こうした公演を、よくまあ北区独自で企画運営していると感心。こうした内容のもの、新国立劇場も見習ってほしい…。
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