秋雨の休日、午前中は日本刺繍を少々、そしてピアノ教室へ。午後は歯科医院で診察を受けてから王子ホールに。フランスの若手ピアニスト、アレクサンドル・タローのリサイタル。

ラモーは私の熱愛対象の一人で(^-^;)、新クラヴサン組曲《アルマンド》《エジプトの女》などピアノで一生懸命弾きこんでいるところ。タローが録音したこの曲集のCDも参考にしています。
リサイタルのプログラムは最新CDとしてリリースしたフランソワ・クープラン作品に加え、クープランの次の世代ラモーの作品を並べたもの。クラヴサン曲を現代ピアノで奏でる、挑戦ともいえる意欲的なプログラムでした。

ピアノでバッハを初めとするバロック音楽を弾く際は、基本的にはペダルを使用せず響きを抑え、タッチ(音の強さ)も均一を保ち、できるだけチェンバロの音質に近づけるようにするのだと思いますが、タローは全く逆。ふんだんにペダルを入れ、タッチに関しても現代ピアノで表現できる幅の広さで豊かな強弱をつけています。でもペダルの入れ方、タッチの強さをよく計算して、コントロールしているのが見事。そうでなければ、曲が全くわけのわからないものになりかねないでしょう。また繰り返しを省略せず、全曲きっちりと入れています。すごい。
装飾音は素晴らしかった!これがクラヴサン曲の命とも言えますが、曲によっては(ラモー《未開人》など)自分でアレンジした装飾音を入れて、洒落た効果を出していました。これには驚き、楽しい。

その現代ピアノ奏法で、豊かな効果を上げていたのはクープラン。繊細でエスプリの効いた世界はそのままに、より色彩が鮮やかになって、ヴァトーのロココの世界から、モネの印象派の世界になったような雰囲気を感じました。特に《バッサカリア》のダイナミックさが圧巻。

ラモーの曲ですが、こちらはクラヴサンで奏でた方が曲の輪郭がはっきりし、アヴァンギャルドさが際立つように思います。ピアノだと響きすぎてぼやけてしまうのです。もちろん曲にもよりますが…。終盤はさすがに疲れが見え(繰り返しもきちんと入れていたので)、崩れが心配になりましたが、最後に大曲《ガヴォットと6つの変奏》を無事弾き終え大喝采。

アンコールのショパン(ワルツ遺作&子犬のワルツ)が、また良し。「間」が上手いです。これはセンスに負うところが大きいのでしょう。

こじんまりとしたホールの親密な空間で、室内楽を聴く秋の夕べ。素晴らしい演奏で幸福感に満たされた夕べとなりました。
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爽やかな秋晴れ、自然を感じに山へ行きたい季節ですが、渋谷の雑踏を掻き分けNHKホールへ。できれば訪れたくないホールの一つですが、文句を言っても仕方ありません。

《トリスタンとイゾルデ》は好んで聴く作品ではなく、どちらかと言えば苦手。初めて前奏曲を聴いた10代の時、「こうした音楽を官能的な音楽と言うんだろうなぁ」と思ったものです。それは私にとって心地よいものではなく、なにかしら気味の悪いものが迫ってくるような音の流れで、覆いかぶさられ窒息させられそうになるのです。このオペラのテーマである、官能と結びついた「死」を強く感じるからかもしれません。救済のための死でもなく、愛のための死とも違うような気がする…。初めから死が前提にある。それがダメなのでしょう。

でも、夏にラトル&ベルリンフィル《ワルキューレ》を聴いたので、比べるわけではありませんが、こちらのワーグナーはどうなのかな、と不純な動機で出かけたわけです。
オケは安定感があり、滑らかでフォルムの整った、端正な演奏。熟れた演奏ですが、予定調和的、決まられた道の安全運転という感じで、強く訴えかけてくるものがない。こちらに生々しい感情が迫ってこない=心が揺さぶられない。私にとっては、きれいなだけで終わってしまったという印象です。
そんなに聴きこんでいる作品ではないので(苦手)、内容も熟知しているわけでなく、通の方には申し訳ないような感想ですが、お許し下さい。
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