すっかりバッハのカンタータに囚われの身…。毎日のように聴いていますが、《BWV1》のソプラノ・アリア(第3曲)、聴いているとカラヴァッジョの「マグダラのマリアの法悦」が浮かびます。この絵、「カラヴァッジョ展」での強い印象が残っています。劇的な瞬間の鮮やかさ、その迫力に目を奪われてしまいます。

e0036980_23173885.jpg~満たして下さい、天上の神から下った炎よ、御身をあこがれ求める、信仰深い胸を!
 魂は感じます、この上なく力強い促しを、並びない熱さで燃える、愛の促しを。
 魂は地上にあって、天の愉悦を味わうのです~

「法悦」を感じさせるアリアの歌詞。ソプラノの高音域で歌われる喜びに、「下った炎」を表すオーボエのメロディーが重なり合って、「天の愉悦」を表現。カラヴァッジョの描いたマグダラのマリアの思い、少しだけ想像できるような気がします。
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バッハ作品目録のトップを飾る《BWV1》の教会カンタータ。歌詞は聖書『ヨハネ黙示録』の最終章から取られています。「第1番」でありながら、聖書の最後の最後の部分を述べていることに驚きました。黙示録は預言書であり、それを巡り過去から現在に至るまで、様々な論議がなされていることはよく知られていると思います。
このカンタータは「マリアのお告げの祝日」用ですが、マリアへの受胎告知に関わる部分は見当たりません。歌詞が黙示録から取られていることを考えると、「ハルマゲドンを経てのキリスト再臨」を歌っているということになり、これまたビックリ。てっきりマリアの受胎告知を寿ぐカンタータだと思っていたので…。明星とは再臨のキリストのことだったのね。

このカンタータの最終曲は『ヨハネ黙示録』の終文
~以上すべてを証する方が、言われる。「然り、私はすぐに来る。」アーメン、主イエスよ、来てください。主イエスの恵みが、すべての者と共にあるように。~
に対応する形で歌われます。
「アーメン!アーメン!と。来てください、美しい喜びの冠よ、もはやためらわずに。私は焦がれる思いであなたをお待ちしているのです。」

ここまで聴くと、天国への憧れの強さに圧倒されてしまう…。
キリストの言葉「私はアルファでありオメガである(私は始まりであり終わりである)」を感じることができる“第1番”のカンタータでした。
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昨日の記事で挙げた『ヨーロッパ美術を読む旅』、ルター派(信仰は聖書のみに基づくものという考え)のバッハによる教会カンタータを聴く上でも参考になります。
バッハ研究の権威である磯山先生も著書で述べていらっしゃいますが、「カンタータを本当に聴いてゆくためには、内容に向かうことこそが必要である、というのが私の信念だ。音楽の表面的な美しさに接して満足するのではなく、それらが目指すもの、伝えようとするものにまで、心を向けていきたい。それによって音楽の美しさがいっそう身にしみて感じられ、感動も2倍3倍に高まることは間違いないと、私は思っている。」
これは西洋絵画に置き換えても通じますね。

バッハの器楽曲は大好きで自分でも弾いていますし、多少は親しんではいるものの、カンタータとなると壁を感じてしまいがち…。でも、バッハが心血を注ぎ込んだ仕事ですから、素晴らしいものであることは間違いなく、この宝の山に手を伸ばさないのはもったいない。
ということで、相変わらずの亀の歩みでボチボチと聴いております。内容(歌詞)をつかみながら聴くと、これが面白い(自分なりの理解ですが)。

e0036980_16232151.jpg《BWV182 天の王よ、あなたをお迎えします》を聴いていますが、受難を控えてエルサレムに入るキリストの様子が絵画的に表現されており、情景がよく伝わってきます。
まず、ロバに乗ったキリスト一行がこちら(エルサレム)へ向かってくる情景、ゆったりとしたロバの歩みを器楽のみで表現(第1曲)。だんだん近づいてきます、そして入城。ここで群集の歓喜を合唱が表現(第2曲)。


これはジオットの絵画そのままの情景、バッハの手腕に感心。

第3曲からあとは一人称の「私」の歌詞となり、受難のキリストに従う意思を歌いあげていきます。音楽の構成は数字の象徴なども用いて綿密に作り上げられていています。
感じるのは、やはり歌詞と音楽は一体ということ。喜びを歌う明るいアリアでも「受難 Leiden」という歌詞のくだりのみ暗いトーンになって、こちらをはっとさせたり…。

結論→バッハのカンタータは内容把握から入った方が、面白い。
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「静物画」に焦点を当てた、珍しい企画の展覧会。オランダ・フランドルを中心とした16C~18Cの作品に接することができるというので、楽しみに出かけてきました。

私がこの時代の「静物画」で連想するのは、まずヴァニタス画。ここでも多くの作品を見ることができました。私は古楽好きなので、ヴァニタス画に描かれることの多かった楽器へ目が惹かれます。ヴァイオリン、リュート、バロックギター、チェロ、リコーダー…、珍しかったのが、弦が11本あるリラ・ダ・ガンバ(^-^;)
楽器はさておき、描かれた静物にはもちろん意味、背景があり、それを知ることで、当時の世界観や風俗、生活感を肌で感じられるのがいい。
どれも精緻に描き込まれており、手に取れるよう。ここまでくると本当に職人芸。

中でもベルガモ出身で、楽器を得意としたバスケニスによる《静物》は斬新。リュートの上に溜まっている埃までも指の跡で表現し、こちらを「ハッ」とはせる仕掛けになっています。ちなみにこのリュートはアマティのもの。どんな音色だったのでしょうか。
北イタリアでは、自然を観察する伝統があり、オランダやフランドルの支流となって静物画がさかんだったそうです。

また、トロンプ・トイユ(だまし絵)が流行。今でもヨーロッパの古城にあったりします。ネーデルランド総督の鷹狩りに使う狩猟用具を描いたものなどは、本物そっくりの大きさ、色形。鷹狩りは、身分の高い王侯貴族しか行なえなかったそうなので、こうした絵を飾るということは、一種のステイタスシンボル。

e0036980_22553827.jpg今回の展覧会の目玉、ヤン・ブリューゲル(父)による〈青い花瓶の花束〉
40種類、140個以上の花、咲く季節も異なる花々の束…、これを実際に花瓶に飾ることは不可能。絵でしか表現できない、夢想の花束の美しさ。
この花の一つ一つは入念に書き込まれており、実際に対象物を現地まで見に行ったというブリューゲルの観察眼が生きています。花の中では中央のクロバナアイリス、とてもシックで素敵。
ただ美しいだけではない、美しさの影にひそむもの、それをテーブル上に描かれたハエが表しています。
このバランス感覚、凄いなぁ。


いかに本物そっくりに描くか、そして本物よりも美しい…、画家の腕の見せ所。
静かに見えて実は奥に潜んだダイナミックな世界に、好奇心を刺激された展覧会でした。
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ここ最近は、なんだかまたもや忙しい日々が続いています。そんな中でもいくつか美術展にでかけることができ、気分転換(^-^)/
今日は国家試験一部免除のための講習会へ。免除になるだけあって内容は思ったより厳しく、宿題まで!9月までの講習、頑張ります…。

e0036980_2245081.jpg先日の白馬旅行は、久し振りに高速で長距離ドライブ。気候の良い時期で、緑の中のドライブは気持ちがいい。
こんなときのBGMは、「何にしようかな…」とシチュエーションを考えながらチョイス。
一つ目はバスティアニーニの《ラスト・レコーディング》。「帰れソレントへ」「カタリカタリ」などイタリア歌曲のオンパレード。一気に気分はイタリタン、バカンス気分が盛り上がります。が、濃い~ので、長い時間聴いていると消化不良気味に…。
二つ目は同じイタリア、ヴィヴァルディの《6つの協奏曲》アンサンブル・ラ・パストレッラのもの。ロースによるリコーダーが素晴らしく、超絶技巧も見事な軽やかな響きに魅了されます。緑豊かな風景とマッチして、小鳥のさえずりのような音色が、爽やかな風を運んでくれるようでした。
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