先日、偶然にも2日続けて異なる友人からブルーベリージャムを頂く。
友人はどちらも千葉在住(千葉では手作りブルーベリージャムがスタンダードなのだろうか?)。
手作りのジャムは、どちらも甘さ控えめ。自然の味わいを生かした甘酸っぱさに食欲が増す。
そう、季節は食欲の秋…。
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同じジャムでも色から味わいから異なり、作り手の個性が出ているのが面白い。味わいの違いを楽しみながら、毎日の朝食やおやつに頂いている。小さな幸せ。

庭で採れたブルーベリーでジャムを作れる環境がうらやましい…。こうなると、久々にパンを焼こうかなとも思ってしまう。レシピを引っ張りださねば。
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いわゆる「オペラ」の中でも最高傑作の一つといえるモーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》、私も魅かれてやまない作品で、天才の手によるものとは、こうしたものを指すのだと思わずにはいられません。

まずその音楽…、このオペラに特徴的なデモーニッシュで、官能的ですらある旋律に心を奪われてしまいます。モーツァルトのそうした部分がいかんなく発揮されており、それが、なんとも自然な滑らかさで、心理を抉り出すような愛憎に満ちたドラマを形作っていく…、こちらにそうと気づかせないほどの流麗さ、なんてエレガントなのでしょう!

そして、私もドンナ・アンナやドンナ・エルヴィーラと同様に、ドン・ジョヴァンニという存在に魅せられてしまうのです。人間の本能のみで生きているような、そしてそれを肯定し、自己肯定の論理で常識を一蹴する…。「自由だ!」とドン・ジョヴァンニは叫びますが、なんでもありの世界=本能の解放、快楽の追求を宣言しているように思えます。今が良ければよい。当然、社会的にも、宗教的にもそれは許されません。
最後には亡霊と対決し、地獄に落ちるわけですが…。

そうしたドン・ジョヴァンニには、人間離れしたカリスマ性が求められます。
どのようにドン・ジョヴァンニを描くか、演出の腕の見せ所でもありますが、今回はどうもそこが弱かった。チェスの駒に見立てた演出は、神の視点で描くというようなオリジナリティが感じられますが、意図が今一つ掴めないもの。

オーケストラ、歌い手さんはとても健闘されていたと思います。
モーツァルトによる大好きなオペラ、久し振りに楽しむことができました(しかし、友人から渡された河上徹太郎によるドン・ジョヴァンニ論の理解には至らず…)。
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昨日は休日。
ここのところ仕事中心の忙しい日々が続いていたので、リカバリーと称して、自宅でのんびり。

自分のリカバリーと共に、早くやらなくてはと思っていた自宅の緑もリカバリー。
昨年もとめたエバーフレッシュの植え替えもできて、ホッとしました。
和名はアカサヤネムノキ。夜には葉をきちんと閉じてお休みする、律儀なグリーン。本当は夏前にやらなくてはいけなかったのだけど、すっかり遅くなってしまいました。

やっぱり、気持ちに余裕を持つことって大事ですね。
ベランダから茜色に移りゆく夕焼けの美しさに、しばし時を忘れて見入ったり…。自然との一体感に、久し振りに心が温かく満たされていくのを感じました。
こうした幸福感を味わえたことにハッとして、この感触をしばらく忘れていたことに気づきました。これはとても大切なこと。

「忙しい人生を送っていると美しいもの、感動を与えてくれるものに対する感性が鈍ってしまいそうです。ヨーコさんが、今、最も美しいと思うこと、美しいと思うものは、何でしょうか?」

「あなたが最も美しいと思うことが最も美しいものなのです。みんなから見て、最も美しいものなんてないのです。…あなたの目が美しいか美しくないか判断するのであって、実際はすべてのものが美しく思われる資質を持っています。」

『今を生きる』 オノ・ヨーコ著より

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