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 カルパッチョ《サン・ヴィダルの栄光》を眺めつつ(リュートを弾く小さな天使が愛らしい)、この教会で聴いたヴェネツィア室内合奏団は本当に素晴らしかった。求めたCD(ヴィヴァルディのコンチェルト)を聴くと、あの一時が甦ってきて、また幸せな心持ちになる。
 配られたパンフレットに、教会の歴史が紹介されていた。1084年にヴィターレ・ファリエール元首(クーデターを企て1355年に斬首刑にされたマリーノ・ファリエール元首のご先祖かな?この方の名が付いたドニゼッティのオペラがある)によって設立されたとのこと。彼の守護聖人(サン・ヴィダル)に捧げられているそうだ。
 ヴェネツィアは歴史があり、芸術の都として名を馳せただけあって、一つの事柄から様々な話題が芋づる式に出てきて面白いのだが、パンフレットによれば、ヴェネツィア出身の作曲家ガルッピがこの教会に埋葬されたそうだ。なんと、びっくり。そして所縁の場所であることにジーンときてしまった。
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 ガルッピは当時大変有名な作曲家だった。同郷の劇作家ゴルドーニと組んだオペラ・ブッファは大ヒット、ロンドンやロシアに招かれ、サン・マルコ寺院の楽長にも就任している。
 曲を聴くと、そこには彼の個性(ガルッピ節)が確かに感じられ、魅力的だ。《田舎の哲学者》の生き生きとした、弾むような旋律にはワクワクするし、チェンバロ奏者としての評判が高かっただけに、鍵盤曲やトリオ・ソナタなども味わいがある。残念ながら彼が力を注いだ教会音楽は聴いたことがないけれど…。最後のオラトリオ《トビアの帰還》(題名からして魅力的ではないか)とか聴いてみたいもの。もっと彼の曲、特にオペラを聴く機会が増えれば、と思う。

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 ヴェネツィア2日目の夜は、21時からサン・ヴィダル教会でのコンサート。
 ヴェネツィアに来たからには(という台詞が多くなってしまうが)、やはりヴェネツィア音楽の代名詞であるヴィヴァルディを聴きたい。ということで、ヴェネツィア室内合奏団(Interpreti Veneziani)によるヴィヴァルディ4曲&バッハ1曲を聴いたのだが、こんなに素晴らしいヴィヴァルディを聴けるとは思わず、もう腰が抜けてしまった。
 これまでに、様々なアンサンブルで(ベルリン・バロック・ゾリステンやヴェニス・バロック、ベルリン古楽アカデミー、エウローパ・ガランテ、等々)ヴィヴァルディを聴いてきたけれど、私にとって、これこそ最高のヴィヴァルディ!なにしろ、ここで毎日のようにヴィヴァルディを弾いているのだ。上手くないわけがない、それになんといっても「お国もの」だ。音色に華と艶やかさがあって、まさにヴェネツィアそのものの印象だ。
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 失礼ながら、演奏を聴く前までは、観光客を対象とした、緩い感じなのかなと想像していたのだが、始まってみるともうビックリ。周りの観客も私と同じような「観光気分」の方が多かったと思うが、演奏が始まってみると、みなぎる音楽の集中度と迫力に、どうやら「これは真剣に聴かないといけない」と感じるようで(ちょっと声を出すと係員が注意に飛んでくる)、小さいお子さんを連れてきた方などは、少々気の毒なだぁと思ってしまったが…。
 アンサンブルとしてのバランスもよく、特に要のチェロが情熱溢れる弾きっぷりで(魂籠めて…という表現がぴったり)、演奏をグイグイとリード。このチェロのお兄さん(アマディオさん)に、すっかり魅了されてしまった。もちろん、他のメンバーもいい。
 会場には彼らのCDもたくさんあって、早速今日聴いたもの(もちろんアマディオ兄さんがソリストのもの)を購入。
 パンフレットを見ていたら、なんと2週間後に東京での来日公演が控えているではないか!謳い文句も「日本におけるヴェネツィア室内合奏団が奏でる、真のヴィヴァルディの世界」だ。
 これは是非とも行かねば、「また聴けるなんて嬉しい!」と思いながら東京に戻ってチケットを求めようとしたところ、「完売です」と…。また来年も来ていただけることを願っている。

★上のパンフレット、合奏団メンバーの撮影場所は、聖ロッコ同信会館(スクオーラ・グランデ・ディ・サン・ロッコ)。本当に見事な室内装飾!

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 この会館の絵画装飾は、ティントレットが20年以上かけて取り組んだもの。ペストに対する守護聖人聖ロッコの名を付けた同信会館だが、最初に描かれた絵が、「接客の間」にある、この《キリストの磔刑》を始めとする受難伝壁画と天井画だ。
 この部屋に飾る絵画については、コンペがあったものの、ティントレットが強引なやり方で獲得してしまったそう。なんとしても、ここに自分の絵を飾りたかったのだろうか。ペストから身を守りたいという、神頼み的な信念があったのかもしれない。
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 ティントレットが会館の絵を手掛けている間に、人口の三分の一が犠牲になったペスト大流行を始め、数回のペスト流行があったが、10人家族のティントレット家は全員無事だったそうだ。これは奇跡に近いとのこと。(『ヴェネツィア・ミステリーガイド』市口桂子著より)
 そうしたことを思うと、ティントレットのライフワークというのも当然かもしれない。彼にとっては、ただの仕事以上の「何としても完成させなければならない」絵であったのだろうな、と想像を巡らせ、胸が熱くなってしまった。
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 また、家族を大事にし、奥様にぞっこんだったそうだ。人となりを知ってみると、また絵も一段と身近に、生きたものとして迫ってくる。
 けれどもその絵は、個人を超え、祈りの象徴的な表れとなり、ティントレットの個性に彩られて、現在も存在している。
 ヴェネツィアの歴史を物語る宝だなと。

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 アカデミア橋からの夕暮れ。泣きたくなるほど美しかった。

 先月にヴェネツィアから帰国した後、偶然にもヴェネツィア出身の方(もちろんイタリア人)とお話する機会があった。
 すっかりヴェネツィアに「やられて」しまった私が、「今まで訪れたなかで、最も美しいところだ」とため息まじりに告げたところ、相手は「自分は新宿と渋谷に初めて来た時、今まで見たこともない夜景(光の洪水)に感動した。とても美しいと思った。ヴェネツィアは古代の町で、夜も薄暗い。東京でみたあんな光は、初めての経験だった」とのこと。
 また「地下というものがヴェネツィアには無いから、東京で初めて地下道を歩いたときは、今自分は地下を歩いてるんだ~と興奮した」そうだ。

 私が、ヴェネツィアの持つ古代から変わらぬが故の美しさに感動を覚えるとのは逆に、彼は東京が持つ新しさに感動しているのだった。
 ああ、これは完全にお互いカルチャーショックなんだなぁと、納得したようなしないような、複雑な心持ちに。
 「そして日本に恋をしたんです。」と嬉しそうにサラッと言えてしまうのが、さすがイタリア人…。私は恥ずかしくて「ヴェネツィアに恋しているんです」とは言えなかった。

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 カ・レッツォーニコ(17oo年代ヴェネツィア博物館)で出会ったマルコ・パルメッザーノの《聖家族と聖ヨハネ》。聖なる幼子達のなんともいえない柔らかな質感と眼差しに魅せられる。イエスを見つめる聖ヨハネの哀愁を帯びた視線が、すべてを悟っているようで、切ないなぁと。パルメッザーノの絵はヴァチカン博物館でも印象に残っているが、それよりもさらに、空気に溶け込むような柔らかさが加わっているように思える。
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 パルメッザーノは1495年にヴェネツィアに住んでいたという記録があり、この頃はジョヴァンニ・ベッリーニの新様式が流行していた。ヴェネツィア・ルネサンスだ。このベッリーニやチーマ・ダ・コネリアーノから強い影響を受けているとのこと。この色彩の柔らかさがそうなのかな...。ウフィツィやブレラにも作品があるそうだが、パルメッザーノが日本に来たことはあるのだろうか(よく知らないイタリア・ルネサンスの画家さんなので...)。

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 ヴェネツィアでの必見の一つが、このティントレットの美術館ともいえる聖ロッコ同信会館だ。ここにはなんと日本語のオーディオガイドがあり、しかも最新式(iPhone)。丁寧な音声ガイドとともに美しい映像が楽しめる。鑑賞環境としては信じられないぐらい充実しているなぁと思っていたら、ここの同信会は現在も続いているものだそう。なるほど、そういうわけか、と納得。この建物は数百前のものなのに、まだ現役バリバリなのだ。凄いなぁ…。
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 ヴェネツィアを襲ったペストの惨劇と、聖母マリアと聖ロッコによるペスト撃退が描かれているスカルパニーノの大階段を上がると、そこはティントレットの絵が満載の大広間。天井には《青銅の蛇》(病者を看護するという同信会の慈善行為の象徴)が見える。ルネサンス絵画とは思えないほどのダイナミックさ、すぐにティントレットと分かるような強烈な個性がある。
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 《青銅の蛇》の奥にある《マナの収集》。天から降り注ぐ神からの食物「マナ」の描写と、それを集める人々の動きがドラマティック。
 どれも見ごたえがあり、じっくりと見ようとすればするほど、首が辛くなってくる。でもご心配なく、天井画を心ゆくまで堪能するために大判の鏡まで用意されている。それを抱えて大広間の椅子に座り、鏡に天井を映せば、ティントレットの迫力が手に取るように見てとれる。

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 今月初めにフォーレ四重奏団の演奏を聴き、そのブラームスに感銘を受けCDを求めてきた(サインまで…)。
 そのブラームスのCDを改めて聴いているところだが、自分の捉えた印象が「あれ(感想を載せている)」では甘かったなぁと。その演奏は、現在のクラシック演奏の、まさに最前線ぶっちぎりではないだろうか。どうしても演奏のイメージがクルレンツィス(今、最も実際に聴いてみたい指揮者だ)と被ってしまう。外見さえ異なるが、この二つのグループによる演奏を聴いていると、目指す方向は一緒のように思えてならない。

 立花隆さんの『武満徹・音楽創造への旅』に、次の武満さんの言葉がある。
「…規格化によって西洋音楽の音は、生命を失ってしまったんだと思う。西洋音楽の音は、ピュアで、ピッチも正確だけど、日本楽器の音、東洋やアフリカの楽器の音はピュアじゃない。常に余分な音というか、雑音を伴っている。しかしその雑音の部分が独特の響きを生み、音の個性を作っているんですね。そして音楽の生命は、その音の個性にあるんです。そこのところがようやくわかってきたので、音楽の最前衛部分では、楽音の規格化と標準化の流れに抗して、規格化された楽器を規格外の奏法で弾くことによって、音の個性を取り戻そうとしたんです。…つまり、現代音楽における特殊奏法の流行と、古典音楽の復元楽器による演奏の流行とは、全く別物のように見えるかもしれないけれど、実は同じ流れの中で起きた現象だということです。楽器の音に個性を取り戻すことで、音楽の生命を取り戻そうとしたということです」

 フォーレ四重奏団の音は、「歪んで」いる。その歪みは、あるときにはこれ以上はないというほどに、大きくたわみ、震えて、こちらに跳ね返ってくる。でも、確かにブラームスで、そのざらついた手触りからドクドクと脈打つ命の鼓動が、生々しい息吹が伝わってくる。なんて、新しい音の響き…。
 これからさらに演奏がどう進化していくのか、続きが気になる四重奏団であることは間違いないな、と。

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 路地に現れた「ペストの医者」(伝統的ヴェネツィア仮装)に導かれるように辿り着いたのが、ティントレットの絵で埋め尽くされた聖ロッコ同信会館。聖ロッコはペストに対する守護聖人、建物はバルトロメオとスカルパニーノの設計により16世紀に完成したもの。
 この大階段はスカルパニーノの設計で、左右の壁には、1630年に流行したペストの様子が描かれている(アントニオ・ザンキとピエトロ・ネグリによるもの)。しかし、この絵よりも印象に残るのは、その手前に描かれた二つの絵。
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 遺体を橋から船に投げ入れる情景が生々しい。母子だろうか、母が子供を守るように腕で抱きかかえているのが可哀そうで…。遺体には黒死病と呼ばれる所以となった出血斑が見て取れて、思わず「うわ~」と唸ってしまう。
 後ろを見ると、そこには骸骨の死神が鎌を振り上げている絵があってゾッとする。そのド迫力に、先ほど見た「ペストの医者」が、可愛く思えてしまう..,。

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 ヴェネツィアは劇場の町。ヴェネツィア自体がすでに劇場で、それにふさわしい舞台装置はすべて整っている。あとは、私たちが仮面を付けて、その舞台に上がるだけ。そのことを実感できるカーニバルは有名だが、当時から、なにも凝った衣装を用意しなくともよかったそうだ。

 塩野七生さんの『海の都の物語』に、わずかな出費で、簡単にできるという、伝統的なヴェネツィア式仮装の紹介が書かれているのだが、まさに「あ~これだわ」というものに出くわした。ヴェネツィアには仮面を扱っている土産物屋がたくさんあって、細い路地の、その店先にいらしたのだった。
 ...夜中の路地では、お会いしたくないなぁと。このシュールさに、ヴェネツィアらしい諧謔を感じるけれど…。

 この仮面は「ペストの医者」。ペスト患者を診るために医者が身に着けていた防護服だったそう。長い鼻の中には殺菌効果のあるハーブが詰められていて、丸眼鏡をかけ、肌をマントで覆い身を守っていた。
 ヴェネツィア対ペストの壮絶な様子は、町に残る建造物や絵画などからも強く感じるが、ここにも名残が…。しかし、不吉な衣装が、どうして仮装の定番になったのだろうか。

 『海の都の物語』には、これはあらゆる意味で、仮装の理想に近いと書いている。この衣装では、確かに男女の区別さえつかない。仮装という発想がここまで行きついてしまうとは、誰でも密かに抱く変身願望を体現する装置だ。知れば知るほど、驚異の町…。

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 イタリアのバス歌手、フルラネットのリサイタルへ。
 本人の提案により、ロシア歌曲プログラム、しかもラフマニノフ&ムソルグスキーという滅多にない内容だ。これがロシア歌曲ではなく、もう一方の提案であったという《冬の旅》だったらチケットを求めなかっただろう(《冬の旅》はもちろん名曲中の名曲だが)。ラフマニノフの曲は、私にとっても馴染み深く、ラフマニノフ自身がピアニストだっただけに、素晴らしいピアノ曲がいくつもある。ロシアの薫りを強く感じるコンチェルトはもちろんだが、ピアノ・デュオもいい。ほとんど演奏されないが、交響曲も好きだ。

 しかし、声楽曲は聴いたことがなく、むろんムソルグスキーに至っては《展覧会の絵》しか思い浮かばない…。ラフマニノフの歌曲への好奇心が勝って、今回のコンサートへ駆けつけることとなった。

 プログラムの前半は、ラフマニノフの歌曲から。プログラムを読むと、彼の歌曲はロシア声楽史の最高傑作で、しかも最初期(10代最後)から秀作を連発しているとのこと。もう仰天である。実際聴いてみて、その美しさにまた驚愕し、うっとりと我を忘れてしまうという感覚に陥った。その旋律の甘美なことといったら、もうこの上ない。ロシア語がどうだという前に、すでに旋律がラフマニノフ節全開である。
 愛の歌が中心となっていたが、特に《秘やかな夜の静寂の中で》での夢見るような歌、「愛しい君の名を呼んで、夜の闇を突き破るだろう...」と、最後に高音のピアニッシモでささやくように歌われたフルラネットの声は陶酔感に満ちて、この世のものではないような響き。プログラム終了前だが、観客席からも思わず拍手と「ブラヴォー」の声が飛ぶ。
 フルラネットの声はバスで力強いものだが、高い表現力で、バリトン曲はもちろんソプラノ曲まで柔軟に歌いこなしていた。限りなくロマンチックな曲を、情熱を込めて歌い上げる姿に、やはりイタリア人だなぁと。
 そして、ピアノ(イーゴリ・チェトゥーエフ)も力強い厚みのある音、そしてラフマニノフ特有の華麗さが存分に伝わるもので、息もぴったり。

 プログラム後半は、ムソルグスキー。なんといっても歌曲集《死の歌と踊り》が圧巻。プログラム前半が生の喜びだったのとは反対に、死の勝利に。バスの底力がここぞとばかりに迫ってきて、その凄みといったら、まさにフルラネットの真骨頂。なんという異色の歌曲だろうか、ロシア歌曲の金字塔とのことだが、それも納得。死の勝利を謳い上げた、めまいのするようなドラマが展開され、ただただ圧倒されるばかり…。

 アンコールがまた、にくい選曲だ。ラフマニノフの歌劇《アレコ》からカヴァティーナに、アントン・ルビンシテインの歌劇《デーモン》からアリア。
 たぶん、一生舞台で観ることのできないオペラな気がする…(《アレコ》はLDで観たけれど)。

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