<   2016年 12月 ( 15 )   > この月の画像一覧

e0036980_00134645.jpg

ローマ歌劇場にて。9月にパーセル《ディドとエネアス》
オーケストラはベルリン古楽アカデミー)を聴いた。

 今年、私にとってはカラヴァッジョの年といわんばかりに、愛する彼の作品にいくつも出会えたのは嬉しかったが、音楽でもバロックの素晴らしいコンサートをいくつも体験できて、幸せに過ぎるぐらい。オラトリオからオルガン独奏、コンチェルト、オペラまで、当たり年だったなと。

 その中でも、私にとって最も素晴らしかったのが、日本で聴いたフライブルク・バロック・オーケストラ。このオーケストラを実際に聴くのは初めてだったが、バッハのヴァイオリン・コンチェルトを4曲聴いて、今まで聴いたバッハ演奏では、もう最高だった。
 「そう、こうしたバッハを聴きたかった!」と思わず膝を打つような、ハート直撃ど真ん中のクール&エキサイティングな演奏で、バッハを聴く醍醐味を存分に味合わせてくれた。いや、本当に興奮した...。

 まず、オーケストラ編成がバランスよく、音質自体もなんと揃っていること!これによってバッハの各声部(曲の構成)がくっきりと浮かび上がってくる。洗練極まりない。
そして、その生き生きとしたオーケストラの響きに乗り、ヴァイオリン独奏のミュレヤンス&ゴルツが、これまた目から鱗の、華麗な装飾&即興をふんだんに盛り込んだ演奏を展開。これほどまでに、即興をさらっと見事に演奏するのを聴いたのは初めてで、腰が抜けた。まるでヘンデルのダ・カーポ・アリアを聴いているようだなと。これぞバロックの醍醐味の一つ。この即興部分は、それぞれの完全オリジナルなんだろうな、と。
 こうした演奏を、日本で聴けることが嬉しい、本当にありがとう。来年もよい演奏に、よい音楽に巡り合えますように。

~今年聴いたコンサート&オペラ(日本のみ)~


More
[PR]
e0036980_21205357.jpg
 2001年に庭園美術館で観たカラヴァッジョの衝撃は忘れられない。
《聖ヒエロニムス》と《法悦のマグダラのマリア》(この時来ていたものは、真筆と認められていないようだが)が強く印象に残っている。観る側を絵の中にぐっと引き込む、ドラマチックな構図とリアルな質感に「これは凄い」と驚いた。光と影の織り成すドラマに魅了され、これが「バロック」なんだと。確かに、「ルネサンスを超えた」一人がカラヴァッジョだ。
 あれから15年、再び日本でカラヴァッジョ展が開催されたことが、何より嬉しかった。
 今回は、この《バッカス》の瑞々しい官能性に溜息。滑らかな肌の質感から、若々しい、暖かな肉体の息遣いが伝わってくるようで、見るたびにうっとりする。もうすでにカラヴァッジョと分かる素晴らしさだ。果物の描写で魅せる静物画としての表現も見事で、「美」の理想図のよう。
 カラヴァッジョの作品は、昨年はドイツでも観れて、さらに今年はローマでもいくつか観ることができたので、本当にありがたい年だった。
e0036980_21233896.jpg
 ヴァチカンでの《キリストの埋葬》。しかし、ここはもう人が多すぎて…。ボルゲーゼ美術館は人数制限をしているので、ゆったりとカラヴァッジョと向き合えて、よかった(でも、美術館そのものと美術品の数々が凄いので、さしものカラヴァッジョも…)。

~今年訪れた美術展~
★いつもながら捉えどころのない指向だなぁと。観たい気分が盛り上がるのは、ファッション関係。ファッションと時代は密接に繋がっている。トワル・ド・ジュイ展も、当時の思想が窺えて面白かった。

肉筆浮世絵 美の競艶
ボッティチェリ展
ラファエル前派展
すばらしき大原美術館コレクション
村上隆のスーパーフラット・コレクション
カラヴァッジョ展
PARIS オートクチュール-世界に一つだけの服
出光美術館50周年記念 美の祝典
西洋更紗 トワル・ド・ジュイ展
ポンピドゥー・センター傑作展
ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち
鈴木其一展
クラーナハ展
ダリ展
ゴッホとゴーギャン展

[PR]
e0036980_21324002.jpg
 今年のコンサート納めも、家族で「第九」。無事に年を越せそうで、本当にありがたいことだ。
 一年の締め括りとして聴くには、最もふさわしい曲だと思っているが、毎年感じることが違うのも「第九」ならでは。辛いことがあった年は、なおさら心に響いた。慰めされるのはもちろんだが、気持ちを鼓舞され、前を向こうと勇気づけられるのも、この曲が時代を超えた熱いメッセージを発しているからに他ならない。

 フルシャの「第九」は、空へと軽やかに駆け上がっていくような爽やかさと、燃えるようなパッションを同居させたベートーヴェン。歯切れのよい、現代的な演奏。自分でベートーヴェン(ピアノで)を弾くときにも感じるのだが、ロマン派のように重くはなく、でもモーツァルトやハイドンとは決定的に違う疾走感(様式)があり、そうした意味ではベートーヴェンらしいなと。
 なんといっても、第4楽章のクライマックスで感じさせてくれたカタルシス、今までの3楽章はこのためにあると雄弁に語られていることが、強く伝わってきたのが嬉しかった。この混沌とした世界では、理想的にすぎるかもしれない、でも、ベートーヴェンは「人間(あなた)にはそれができるはずだ」と言っている。そして、そのことを信じさせてくれる曲だ。
 
 今年を振り返り、来年に向けて気持ちも改まった。また、新たな年へと漕ぎ出そう。

[PR]
 分断ではなく連帯へ、平和への願いを込めて。そして全ての人々が幸せでありますように。
 ベルリンで起きたあの惨事で、お知り合いのドイツの方たちも、どれだけ胸を痛めていることかと思うと、私もいたたまれない気持ちだ。昨年ベルリンを訪れたが、ツォー駅の近くに宿を取ろうと考えていたこともあり、あそこで起きたのかと思うと、まさにテロの恐怖が脅威として迫ってくる。しかも、クリスマスを迎える幸せを強く感じる場所での出来事だ。これ以上、負の連鎖が続かないように、祈るしかない。
e0036980_23300145.jpg
 クリスマスパーティーでいただいた、来年のカレンダー&クリスマスには欠かせないシュトレン(1910年創業のEmil Reimannのもの)。
 シュトレンといえば、ドレスデン。フラウエン教会がパッケージに描かれていて、大戦の爆撃から蘇ったこの美しい教会と、そしてワーグナーを聴いた夢のようなゼンパーオーパー、あまりにも有名なラファエロのある美術館を思い出す。
 かつて「エルベ川のフィレンツェ」と謳われ、過去からの復興を重ねつつあるドレスデンも、いまや分断の地だ。今年ドイツに行った友人は「ドレスデンに今行くのは危ないから取りやめた」と。日本人であっても(見た目だけでは当然国籍など分からない)危ないとの理由だ。
 もう一度祈ろう、分断ではなく連帯へ、平和への願いを込めて。そして全ての人々が幸せでありますように。

[PR]
e0036980_22311208.jpg
 聖夜が近づいているので、アカデミア美術館で印象に残った聖母マリアを。くっきりとした線で描かれた初々しいマリアは、鮮やかな色彩が際立ち、この時代としては(15世紀)驚くほどモダンな印象。厳かな雰囲気と華やかさが同居し、生き生きとした画風に心惹かれる。
 ヤコポ・ダ・モンタニャーナはパドヴァの画家。ジョヴァンニ・ベッリーニの弟子で、アンドレア・マンテーニャからの影響が強いとのこと。マンテーニャと似ていなくもないな、と。
 ヴェネツィアの華麗なゴシック邸宅カ・ドーロ(フランケッティ美術館)にあるマンテーニャ《聖セバスティアヌス》は美術館の目玉だが、今回は行けず残念。美術館は2つしか見ることができなかったので、悔いが残っている…。またの機会に。

[PR]
 明日は冬至。また気持ちを引き締めて、元気にこの冬を乗り切りたい。「ん」のつくものを食べると幸先よく「運」が付くそう。そして、ゆず湯で温まろう。
e0036980_21501142.jpg
 先日、学生時代の部活仲間と浅草の米久へ。牛鍋をいただく。特よりも上の方が私は好み(特だとサシがちょっと多いので、重く感じてしまう)。特がいいというメンバーもいるので、結局、両方を皆で次から次と平らげてしまった。男性が多いと、進みも早い。
 サクッと食べて、次はホッピー通りで改めてまったり。夫は「モツ煮通り」(学生時代によく来たとのこと)と呼んでいる。しかし、週末のためか混んでいること!外国人観光客の姿もチラホラ。
 私はホッピーは飲まないけれど、モツ煮やゴボウのフライにビールで、すっかりいい気分。気の置けない仲間と、笑いっぱなしの夜だった。

[PR]
e0036980_22094214.jpg
 今日は友人達と楽しみにしていたJAL工場見学へ!予約をしてくれた友人に大感謝。
 空港は海外へのロマンがぎっしり詰まった場所で、大好きだけれども、今回はさらに飛行機を間近に見て、もう興奮してしまった。その迫力といったらない。カッコイイ!と何度も口にしながら、皆で写真撮りまくりである。コスプレも体験(^^;
 近くで見た飛行機に見とれて、ガイドの説明もあまり頭に残っていない感じだが、映像室での説明は「へえ~」と飛行機自体の詳細な造りを、あれこれと分かり易く教えてくれて、勉強になった。今度、飛行機に乗るときは、今までとは違う視点で体験できそうだ。
 ANA工場見学も行きたいなぁ。

[PR]
e0036980_21512673.jpg
 ヴェネツィアはどこを撮っても絵になる所だが、やはりカナル・グランデ(大運河)のある風景が、これぞ「ザ・ヴェネツィア」だろう。
 アカデミア美術館の目の前がカナル・グランデで、観光客を呼び込むゴンドラが待機しているのだが、この雰囲気がまたロマンチック。思わず乗りたくなってしまうけれど、いやいや、一人でゴンドラに乗っても仕方なし(夫は日本でお留守番)。
 夫へのお土産に、このゴンドリエーレの縞々公式ユニホームを求めてきたが(聖マルコの象徴、有翼の獅子ワッペンが付いているエミリオ・チェッカートのもの)、「え~」と言われてしまい、まだ袖を通してくれていない…。いえ、素敵なんですよ!(と、私は思っているが)。
e0036980_22115979.jpg
 アカデミア橋からそのゴンドラを見ると、こんな感じに。
 ヴェネツアィアの見どころは最低3日あれば、だいたい観て回れると聞いたけれど、4日間でも全然観きれなかった。パドヴァにも行きたかった、ヴィツェンツァにも…、と欲はどんとん広がってしまう(いけない…)。3ヵ月経った今でも、ヴェネツィアの余韻から醒めそうになくて、困ったものだ。

[PR]
e0036980_22114896.jpg
 アカデミア美術館で思わず心揺さぶられたティツィアーノ《ピエタ》。
 これはティツィアーノの遺作で、音声ガイドによると、キリストにすがりつくような老人(聖ヒエロニムス)は、ティツィアーノの自画像と思われるとのこと。死を意識し、自らのために描いた作品に、晩年の境地が痛いほどに伝わってきた。さらに感動的なのは、画面右下に描かれている小さな奉納画。これはペストからの救済を祈願しているティツィアーノ本人と息子だ。こうした思いは、今も昔も、そして国が違えども、人が抱く根本的な願いであることに変わりはない。
 こうして、最後は自らの人生に捧げるかのように、自らの人生をも一つの芸術作品とするかのごとく、創作へ向かい、生を終えようとする芸術家のあり方に、首を垂れる思いだ。
 そう、ルネサンス音楽の巨匠、ギョーム・デュファイも晩年のモテット《めでたし天の女王》で、自らの死を意識し「死がやってこようとも、どうかたじろかずにいられますよう、心安らかでいられるよう、神よ守り給え、デュファイを憐れみ賜え」と詩に織り込めた。
この《ピエタ》を見て、そのあまりにも清らかで美しいモテットが脳裏に蘇り、しばらくこの絵の前から離れられなかった。

[PR]
e0036980_22482761.jpg
 今回、アカデミア美術館で一番観たいと思っていたのが、名高いジョルジョーネの《嵐》。期待に胸膨らませていたが、なんと貸し出し中。
 しかし、《老婆》があった。これを間近で観て、その凄まじい描写力に驚愕。衝撃を受けた。これは美しいとか、綺麗だとかいうレベルのものでない、遙かにそれを超えている。こちらへの迫り方が、尋常ではない。この絵は生きている。
時代を感じさせない現代性があり、天才と呼ばれるのも納得の凄さ。直接見なければ分からなかっただろう、脳裏に焼き付いてしまった。
e0036980_23530545.jpg
 そして、この美術館にはボッスが3点あり(ドメニコ・グリマーニ枢機卿のコレクションだったそうだ)、観れるだろうと期待していたが、新しく改修した場所(企画展)にあったようで、そこまで辿り着かずに時間切れ…。貴重な機会だったのに、最初に観れば良かったと後悔。
 16世紀初頭のヴェネツィアには、ボッスの絵が何点ももたらされ人気を博し、ジョルジョーネもその影響を受けたと考えられているとのこと。(宮下規久郎『ヴェネツィア 美の都の一千年』より)《嵐》の世界も、そう思えば確かに、と思う。

[PR]