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 今年もいよいよ終わり。年末の休暇に入ると、毎年同様、夫婦二人で大掃除に買い出しにと慌ただしく、あっという間の大晦日。今年の鑑賞生活のまとめができなかったが、今年は週末も忙しかったため、コンサートや展覧会巡りは例年より少なめ。そんな中でも、イタリアでの音楽祭&スカラ座を体験できたのはありがたいことだった。
 そのMITO9月音楽祭の記事も、これにてようやく終了。トリノ到着日にまず聴いたのがヴァルデーゼ教会でのコントラバス&チェロによるデュオ・リサイタルだった。コントラバスはウィーン・フィルの首席奏者であるエーデン・ラーツ、そしてチェロはベルリン・フィルのシュテファン・コンツという著名オーケストラの奏者同士の共演。それをこのようなこじんまりとした場所で、しかも低価格(5€)で聴けるとは驚き。
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 今回は右サイドの前2列目の席。プログラムはジャン=バティスト・バリエールに始まり、カザルス、ロッシーニ。技巧もさすがに見事で快活なこと、楽しい!休憩を挟んでボッケリーニ、シュ二トケ、パガニーニと多彩な弦の持ち味を堪能。
 隣のイタリア・マダムがやはりおひとり様だったので、曲が終わるたびに拍手をしながら、お互いに顔を見合わせて「Bravi、Bravi!」と言い交す。こうして感動を自然にシェアできる雰囲気がいい。コンサートを終えたあと、「シニョーラ、あなたと一緒に聴けてよかったわ」と一声かけてくれるさりげない気遣いもまた嬉しかった。こうした普段気感覚で、フラッと気軽に聴ける環境は、ありそうでなかなか無い。

 今回、MITO9月音楽祭を6公演聴いたが、ほとんどの公演が20€~5€で無料のものも多く、もちろん子供向け(内容はモンテヴェルディの《オルフェオ》!)のものも。企業や行政からの補助等があるのだろうが、これぐらいの価格でないとクラシック音楽に興味があっても、今まで接したことがない方が「じゃあ友人も(家族も)誘って、一緒にちょっと聴いてみようか」と気軽に足を運ぶ気にならないのではと思う。トリノ中心部では、音楽祭のポスターがよく目に付き、宣伝にも力を入れているのが伝わってきた。何をするにも「お金」というものは付いて回ってくるものだが、いい音楽を、気軽にライブで、低価格でというのは未来の聴衆を育てるという意味でも、これからの芸術の発展ということを考えても、将来を見据えて広い視点で捉えるならば大事なことだな、と。
 

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 あと1日で今年も終わりだというのに、まだ秋のイタリア旅行記(MITO9月音楽祭)を終えていないため、慌てて残りの公演を。
 トリノのテアトロ・レージョではオペラを観ることが叶わなかったけれども、小劇場(ピッコロ・レージョ・ジャコモ・プッチーニ)でのコンサートへ。
 グラミー賞を複数回受賞している(昨年も受賞)アンサンブル、エイト・ブラックバードによる《AMERICAN LANDSCAPES》と銘打たれたプログラムは、アメリカ出身の現代作曲家の作品を集めたもの。その作曲家たちは、私と同世代ぐらいが中心、そして年下も!という、これぞ読んで字の如くの「現代音楽」。
 エイト・ブラックバードの演奏は初めて、そして曲もジョン・ルーサー・アダムス、ネッド・マックガウエン、クリストファー・セローン、リチャード・リード・パリー、ティモ・アンダースという初めて尽くし。イタリア初演も2曲あるという、未体験ゾーン突入の予感、ワクワクしないわけがない。
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 エイト・ブラックバードは6人構成。ピアノ、フルート、クラリネット、ヴァイオリン(ヴィオラ)、チェロ、パーカッション。始めにメンバーの一人がご挨拶。英語で曲の解説をしたあとに、いよいよジョン・ルーサー・アダムス《The Light Within》から。静謐な曲に身を委ねているうちに、昨夜到着したことの時差の影響からか、意識が遠のき…。その後は意識下で音が鳴っている感じで、気が付いたら終了してしまっていたというオチに。
 終了後は皆熱心に拍手を送っていたので、きっと良かったのだろうと。なかなか実際には聴けないものなので、残念…。イタリアでこうしたコンサートも聴けるなんて、全く新鮮。音楽祭では、このような幅の広さがあることも大事。
 エイト・ブラックバードのアルバムを聴き直してリベンジしようかな。
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コンサートは21時開演、23時頃に終了。徒歩数分で宿へ。深夜のカステッロ広場はライトアップで華やか。

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 あの東日本大震災の年に、大野和士さんの指揮で都響の第九を聴き始めてから6年目となる「都響第九」。
 家族で聴く、毎年恒例の1年を締め括る行事となっている。2011年には、震災で避難されていた方々をご招待しての演奏会で、あれほど会場が丸ごと連帯感で繋がった、辛さを一緒に乗り越えていこうと強く心に念じた演奏会はなかったように思う。震災の記憶を風化させることなく、自分に今、できることはなにか、と考えることを忘れずにいたい。

 この曲は、その年ごとに受け取る印象が異なってくるのだが、今年の第九はとても落ち着いて、穏やかに聴くことができた。今年は自分にとって、そうした平穏な年であったのだろう。本当にありがたいことで、改めて感謝の気持ちが沸き上がってきた。クリスマスに、私にとって、これ以上の贈り物があるだろうか!

 演奏は、力強い真っ向勝負のベートーヴェン。低音が効いて重量感があり、内声部もよく聴こえてくること!(私の好みだ)様式の構造がくっきり見えてくるような緻密さ(指揮に音がキッチリと付いてくる、見事)=ベートーヴェンらしさが伝わってくるのが嬉しい、「オーケストラ」を聴いたという醍醐味のある演奏だった。

 今回、イタリアでご活躍中の新進メゾソプラノ脇園さんがソリストとは知らず、プログラムを見て驚く。その凛とした華やかさは、すでにプリマドンナの風格。ただ、第九ではなかなか声自体をじっくり味わうのは難しい、日本でのオペラ・デビューは観れなかったので、機会があればオペラでまたお聴きしたいもの。


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 こちらのキリスト降誕図(Natività)も、やはりサバウダ美術館から。
 トリノのご当地画家、デフェンデンテ・フェッラーリ(キヴァッソ出身、1480年もしくは1485年~1540年頃) によって1523年に制作されたテンペラ画。地元だけあって作品の充実ぶりには目を見張るものがあり、緻密な筆さばきと優雅な表現、加えて鮮やかな色彩で、彼のスタイルがとても気に入ってしまった。
 彼はラファエロと同世代で、まさに盛期ルネサンスを生きた画家。それを思うと、これは初期に近い印象で、ルネサンスの画家も様々である。この後すぐヴェネツィアではティツィアーノが出てくることを思うと、その変容ぶりがまた凄いなと。
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デフェンデンテ・フェッラーリのコーナー、艶やか。

 キリスト降誕には牛とロバが対で登場することが多いけれど、ロバは「愚か者」の象徴で、「愚か者」=異教徒を導く存在がキリストであることを示している。後ろに登場している人影もいわくありげ。様々な寓意や象徴を盛り込んでいくのがキリスト教絵画だが、教義を伝えること、そして祈りの対象になるというところで、美的に眺めるのとはまた違った見方ができるのが興味深い。


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 聖夜も近づいてきたので、トリノのサバウダ美術館で出会った聖母子を。
 バルナバ・ダ・モデナの聖母子の中でも、美しい作品の一つではないだろうか。1370年に制作されたもの(サインがある)で、トリノに近いリヴォリの聖ドメニコ教会にあったもの。バルナバ・ダ・モデナは主にジェノヴァで活躍し、ピエモンテでも高い成功を収めているというご当地画家で嬉しい。マダマ宮殿にあるものよりも保存状態がよく、魅了されてしまう。
 ビザンティンの伝統と当時発展していた様式のゴシックが入り混じったスタイルは、神秘的な雰囲気。彫像のような厳かさのある聖母子を眺めていると、不思議と心落ち着く。
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カステッロ広場に面したアパートメントから
誰もいない深夜の広場

 9月に訪れたトリノでは、中心部のカステッロ広場に面したアパートメントに3泊。音楽鑑賞メインだと、戻る時間が遅くなることから、宿はできるだけ会場に近く、便利な場所を取るようにしている。実際にトリノの宿に来てみると、マダマ宮が真正面に見えて、なんともエレガントな雰囲気に気分が盛り上がる。隣は世界遺産の王宮、そしてオペラ劇場も目の前という最高の立地。
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 このアパートメントはパラッツォを改装したもので、天井にその名残りが見える。各部屋には名前が付いていて、私の部屋は「principessa」。それこそオペラの中でしか聞かない呼び方で、なんだか気恥ずかしい…。アパートメントとしては少々値が張るが、ミラノ中心部に比べたら安い。女子的には嬉しい雰囲気、立地もいいので複数で泊まればお得だと思う。
 ただ、ホテルとは違うので注意が必要。ここでは日中の10時~20時しか管理人が対応しないので(それ以外の時間だと別料金)、チェックイン・アウトの時間を考慮したり、宿泊税も管理人がいる時に支払う必要がある。対応はとてもよくて、掃除も行き届いている。この辺りはホテルと一緒。
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 アパートメントなのでキッチン付き。駅近の老舗のお総菜屋さんで夕食、昼食などを調達して、ここで手を加えていただいたりしていた。キッチンもお洒落なの。

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 ラモー&ピエール・アンタイのファンとしては行かねばならぬ演奏会。
 ファンとしては感涙ものだが、しかし、自国フランスでも一般的に知られているとは思えない作曲家のものを、よくまあ日本へ持ってきたものだと…(今回は演奏ツアーで、改めて日本のために用意されたプログラムではないとのことで納得)。予感は的中、思ったより会場の入りが少なくて残念だったが、始まってみるとそれはもう楽しさ満載のステージで、「ああ、楽しかった!」と観客同士で思わず言い交さずにはいられないほどのノリの良さを満喫。

 レザール・フロリサンのクリスティが「ストラヴィンスキーとラモーはダンス・ミュージックとして最高レベル」と述べていたような記憶があるが、ラモーの音楽は本当にダンサブルで、その肝はリズム感にあるいうことに尽きるのではないか。フランス・バロックオペラの流れを汲むラモーのオペラでは、バレエが不可欠であることから、当然そうなざらるを得ないのだが、ダンスと音楽は原始の時代から固く結びついているもので、リズムというものは理屈を越えて、人間の生理的(生物的)なものに強く訴えかけてくる力を持っている。これはラモーだけではなく、舞曲から発展している曲が多いバロック音楽全般にいえることだとも思う。私はバッハにもそれを強く感じることが多い(バッハを好きな理由の一つ)。

 今回はチェンバロ2台によるラモーのオペラハイライト集という感で、言わば美味しいとこ取りのプログラム。チェンバロ2台の演奏とは思えないほどの広がりを見せ、まるで目の前で、ラモーによる、めくるめくばかりの華麗なフランス・バロックオペラが展開される感覚を味合わせてくれた。やはりオペラはエンターテイメントである。今回の演奏がお気に召した方は是非ラモーのオぺラへも足を運んでいただきたいなと。チェンバロ2台でもこの楽しさなのだから、オペラとなればさらに楽しさ倍増なのは間違いない。
 オペラもカエル(=ニンフ)が主人公の喜劇風《プラテ》から、ラシーヌの格調高い悲劇を原作としている《イポリートとアリシ》もと作風が幅広いのも魅力。私のお気に入りは《ゾロアストル》、正義と悪の対立という。その情念の凄まじさには圧倒されてしまうほどで、ラモーのオペラの中でも傑作の一つだと思っている。フランス・バロックは優雅なだけではない、優雅さの下から、人間の業を余すところなく描き出そうとする奥深さをも見て取れるはずである。

 今回のプログラムは3部構成で、1部はアンタイが通奏低音的なポジション、そして2部はセンペとチェンジ、3部は交互にといった印象だったが、チェンバロはそれぞれがフレンチとジャーマンで音色が異なることから、曲によって細やかに立ち位置を変えていたのだろうなと。何といっても、オペラの序曲、前奏曲、そしてオペラ締め括りのフィナーレであるシャコンヌの盛り上がりに気分が高揚、大好きな《ダルタニュス》のシャコンヌ、《優雅なインドの国々》のシャコンヌ、《ピグマリオン》の序曲…。定番の《未開人》も、さあどうだといわんばかりのオリジナリティあふれる味付けで、さすがだなと唸らされた。最後の《タンブーラン》はラモーのダンサブルさが全面に押し出されていて、ズンチャズンチャと(こんな表現でごめんなさい)身体が自然に動いてしまいそうになる。
 クラヴサン合奏曲集からの《おしゃべり》《挑発的な女》《マレ》からも、人間描写に優れたラモーの手腕が見事に伝わってくるが、クープランから進んで、さらに表現に鋭さと鮮やかさが増しているように思う。

 コンサート終了後、お気に入りのアンタイによるスカルラッティのCD&プログラムにサインをいただいた。スカルラッティも度肝を抜かれる凄い演奏なので、「とってもいいです!」と伝えると嬉しそうにしていらした。また日本にいらっしゃる機会があるかお尋ねしたところ、「5月に」とのこと。ラ・フォル・ジュルネでは、是非スカルラッティを!

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