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 ミラノに来たからには、これ(だけ)は観ねばなるまい、と訪れた《最後の晩餐》。予約を取るのが難しいと聞いていたが、直接サイトにて最後の一枚を確保。ミラノ滞在時に合わせてちょうど一枚だけ残っていたなんて、これこそ奇跡、とチケットを握り締めて無事入場。1グループ(20人~30人ぐらい)単位の見学で、15分間という制限があるけれど、少人数であることのメリットが最大限に生かされており、周りを気にせず絵画とじっくり向き合えるのはありがたい。
 実際に観てみると、思ったより大きいことに驚く(通常は思ったより小さいと思うことが多いのだが)。この絵については、様々な解説を読むことができるが、やはり色彩や質感は、こうして実際に見るのと紙上で観るのとでは全く違う。そして、何よりもこの空間で観ることによってレオナルドが何を描こうとしていたかが、体感できる。この場所であること自体にまず意味がある。描かれている場所と絵は切り離せない、遠近法の見事さは、この空間があってこそ分かるのだと、もう目から鱗状態である。得難い15分間の体験だった。
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 サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の美しさにも息を呑んだ。
 なんと清澄な空気がみなぎっていることか、この教会は今なお生きている。お祈りを捧げている信者の邪魔にならぬよう、音を立てないようにして内部を回らせていただく。敬虔な想いが自然と湧き出てくる教会だ。中庭の回廊から眺める教会の優美さに溜息。内部の独特な壮麗さにも、目を奪われてしまった。
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 スペインの若きピアニスト、フアン・ペレス・フロリスタンのリサイタルへ。
 今年のMITO9月音楽祭のテーマは「natura(自然)」。コンサートごとに表題が付けられており、今回は《AL QUADRATO》。抽象的な題、絵画のような四角い空間を表しているのだろうか。
 会場に入ると舞台にはファツィオリのピアノが。どんな音色を聴かせてくれるのだろうかと、期待が高まる。
 プログラムはリスト、ドビュッシー、そして休憩を挟んでムソルグスキーの《展覧会の絵》とヘヴィーな内容(超絶技巧満載)で、まぁこれは大変(ドビュッシーを挟まなければもたないだろうな)と。
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 まずはリスト《巡礼の年 第2年:イタリア》から3曲。《婚礼》はラファエロの絵画をモチーフとしているが、その絵画は、まさにここミラノのブレラ美術館にある。ロマンの薫り溢れる曲と相まって、それを思うと胸が高鳴り、どうにかなってしまいそう。
 フロリスタンは手さばきもエレガントな、柔軟性に富むロマンティックなリストを奏で、またファツィオリがなんとも艶やかでくっきりとした響き。ヒューイットのバッハでのファツィオリとは全く異なる鮮やかな響きに驚く。そして、《物思いに沈む人》(こちらはミケランジェロ)を挟んで、In questo stato son,Donna,per vuiー悩める恋心を謳いあげた《ペトラルカのソネット104番》、まさにイタリアのアモーレ全開といったソネットで、プログラムにもしっかりとソネットが掲載されているのは素晴らしい。
 最前列にいた若いカップルがぴったり肩を寄せ合って聴き入っているのも、いいなぁ、と微笑ましい。こんな親密な空間で、恋人同士リラックスして聴けるクラシックコンサートなんて、最高ではないか(値段を聴いて驚くなかれ、5€。しかもこの演奏レベルを聴けるとは、日本の感覚では信じられない)。
 私の隣席のおばあさまは、熱心なクラシック音楽ファンのようで、休憩時間には来シーズンのスカラ座プログラムを凄い勢いで一枚ずつめくりながら〇×チェック(×は行かない舞台のよう)をしていた…。カーテンコールでは大喝采、満足されたようで良かった。

 そしてドビュッシーの前奏曲集から5曲。《亜麻色の髪の乙女》《オンディーヌ》《西風の見たもの》と、馴染みのある曲が続く。近代的和声のドビュッシーの世界を鋭い響きで表現。休憩後は大曲《展覧会の絵》、これは圧巻だった。ロシアの薫り…、本当にユニークな組曲。ここでのフロリスタンは、リスト&ドビュッシーとは全く異なった手さばきで、どっしりと芯の通った力強い音を立ち上げる。ギャラリーで実際に絵と対峙しているかのごとく、しっかりと各曲のキャラクターを表現。《リモージュの市場》の賑わいのくだけた表現も上手い。クライマックスの《キエフの大門》への盛り上げ方も迫力満点で、大喝采。
 ムソルグスキーは昨年に《死の歌と踊り》で度肝を抜かれたが、オペラ《サランボー》なんて聴いてみたかった。完成したのが《ボリス・ゴドゥノフ》だけとは、残念。
 

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 偶然に入ったサン・マウリツィオ教会で、色彩鮮やかなフレスコ画に目を奪われてしまったが、最も印象的なのが、このブルーの天井画。まさに天上の世界が描かれている。このフレスコ画、厳格な雰囲気が全く無く、柔和でエレガント。愛らしい雰囲気があって、微笑ましい。癒されるなぁ。
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 天上の世界の下には、キリスト受難の物語と聖人たちさまざま。ここでもマグダラのマリアが本当に綺麗(いつも輝く髪を波打たせてキリストの足元にいるイメージ)。
 ヴェネツィアでもお馴染みの聖ロッコ。そして聖カタリナ、聖アガタと美しき女性の聖人たちが並んでいる。女子修道院らしい雰囲気。
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 聖ルチア。マグダラのマリアと違って、凄まじい殉教を遂げた聖女たちは皆、凛とした佇まい。ドレスもエレガント。
 面白かったのは《ノアの箱舟》、まるで子供向けの想像力を掻き立てられる絵本の世界だなぁと。この時代には、もうラクダやらキリンやらはよく知られていたのだろうか。目立つ位置にユニコーンがいるのもナイス。
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 ミラノに来たからには、とにもかくにも《最後の晩餐》を観ねばなるまい、とサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会を詣でたあとの帰路で、ふらりと立ち寄った教会。偶然入ったが、一歩足を踏み入れたとたん、その壮麗さに腰を抜かしてしまう。《最後の晩餐》の見学で一緒だった団体も後から来て、ガイドの説明を受けていたので、有名な場所なのかな、と。
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 ともかく壁面全てがフレスコ画で埋まっており、なんという鮮やかさ!これは必見、ガイドブックに大きく取り上げられていないのが不思議なくらい。こんな教会がさりげなくあるところが、さすがイタリアだ。
 あとから調べてみると(夜にスカラ座へ行く予定だったため、内部をゆっくり観れず残念)、15世紀からあるロンバルディア・ルネサンス様式の教会(外見は地味)で、フレスコ画はレオナルド・ダ・ヴィンチと同時代で、彼からの影響を強く受けたベルナルディーノ・ルイーニとその弟子達によるものだそう。
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 レオナルドの影響がいかに強かったか、そして《最後の晩餐》が当時いかに革新的なものとして受け取られていたのかが、よく分かるのがこちらのフレスコ画。違いを見比べてみるのも、また興味深いかも。

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 スカラ座博物館の小さな入口から、オペラのポスターがズラッと掲げられている(ここでもう気分が盛り上がってしまう)こじんまりとした階段を登っていくと、スカラ座のホワイエに。
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 その夜、実際にオペラを観た際にはプラテア席で、1階(piano terra)にずっといたため、ここは日本でいう何階になるのだろうか。1階よりも天井を含め格段に広くて明るいように感じる。ちょうどバレエのリハーサル中だったので、劇場内部は見学できず、パルコ席からガラス窓を通して内部を覗き見る感じ。ぼんやりと薄暗くしか見えなかったが、それでも劇場の美しさが十分に伝わってきた。
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 博物館はまずコンメディア・デッラルテの世界から。オペラが歴史的に演劇の延長線上にあることを踏まえている展示で、さすがポイントを押さえているなぁと感心。ゴルドーニの肖像画もあったので、例の会場スタッフのおじさまに「ゴルドーニが好きで、昨年はヴェネツィアのゴルドーニ劇場へも行った。コンメディア・デッラルテの絵がたくさん!」と言ったら、またまた手招き。その先には道化師の像が。
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 「ほら、これがヴェネツィアのアルレッキーノだ。アルレッキーノはヴェネツィアなんだよ。アルレッキーノはベルガモ(いや、クレモナ?記憶が曖昧)から来たんだ」と。
 そして別の陶器の道化師を指して「これはプルチネッラ。プルチネッラはナポリ。ナポリは行った?」「いえ、まだ」と答えると目を見開いて「ナポリも美しい所だよ。サン・カルロ劇場にカポディモンテ美術館…。でも、ん~ちょっと、あそこはね」と言葉を濁すおじさま。私が「注意が必要?」と言うと、うなづいて荷物をかすめ取るような仕草。ナポリには憧れるが、そんなに危ないのかなぁ(知人が「ナポリでは、あ、ちゃんとしなきゃ、と思ったよ」と話していたのを思い出す…)。

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 スカラ座博物館のマリア・カラス展では《ヴェスタの巫女》の衣装がお出迎え。スポンティーニによるこのオペラも、ジョルダーノ《フェドーラ》同様に聴いたことがないが、カラスありき(!)の作品なのか、と。オペラの世界は本当に広くて深い…。
 見学中に、会場スタッフの方(年配のおじさま)が声をかけてくれた。私が「素晴らしい展示!《マクベス》《ドン・カルロ》…」と言うと、「ヴェルディが好きなの?」と。「いえ、イタリア・オペラで一番好きなのはプッチーニ。特に《マノン・レスコー》が」「ああ、あれはフランス・オペラもあるよ。マスネはとても繊細(デリケート)だね。」「ええ、でも私はプッチーニの方が好き…。あれこそイタリア・オペラ、そう、パッシオーネ…」というと、おじさまは私の勢いにちょっと飲まれた感で、目がまん丸に(すいません)。「プッチーニといえば、今シーズンの開幕は《蝶々夫人》(チョーチョーサンと日本語で)だったけど、観た?」「いえ、観ていなくて…」「蝶々さんのシーリが素晴らしかったよ!初演版で…」…以下オペラ話に花が咲くといった感じに。お仕事中にもかかわらず、いろいろとお話に付き合っていただいて、ありがたいなぁと。
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 カラスの話になると、おじさまは「カラスは、アクトレスだよ」と断言。「トスカは映像で観たのだけど」と答えると、「ほらほらこっち」と手招きをするので、行ってみると《ラ・トラヴィアータ》(ヴィスコンティ&カラスのコーナー)が。こちらも雰囲気があって素敵だ。舞台で使用されていたルビー色のコスチューム・ジュエリーを指して、「これは…」と説明してくれる。ええ、もう素晴らしいの一言です…。
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 鮮やかなブルーの衣装は《アンナ・ボレーナ》だった。カラスの写真だとモノクロなので色までは分からないが、実際に見ると舞台映えする鮮やかな色彩で、なんと艶やかなこと。こちらも演出はヴィスコンティで、さぞや素晴らしいものであったろう。いやはや、スカラ座に恐れ入りました…。

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 今回の旅で最も印象に残ったのは、この秋、スカラ座博物館で開催されたばかりの展覧会《Maria Callas in scena~Gli anni alla Scala》。絶対に行こうと思っていたが、期待以上で感激。
 ジョルダーノのオペラ《フェドーラ》でのカラスと衣装を見て!このカリスマ性溢れる美しさには、もう溜息しか出ない。素晴らしくて、もう会場中を撮りまくりである(ミーハー気分丸出し)。しかも、BGMにはスカラ座でライブ収録されたカラスの歌声が…、オペラ好きとしては感涙もの。もちろん、ジョルダーノによるアリアも。《アンドレア・シェニエ》からの《亡くなった母を》…。私はジョルダーノには惹かれてこなかったが(アンドレア・シェニエしか知らず)、この《フェドーラ》での眩いカラスを観た今では、《フェドーラ》を聴かねばなるまい、と。
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 《フェドーラ》の舞台写真も。フランコ・コレッリ(!)と一緒。まあ、なんという豪華な競演でありましょうか。展覧会の見所はまだまだある、《ラ・トラヴィアータ》《アンナ・ボレーナ》《ヴェスタの巫女》《マクベス》《ドン・カルロ》…思い出すとクラクラしてしまう。

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 ミラノ・スカラ座によるヘンデルの前日に、楽しみにしていたイル・ジャルディーノ・アルモニコの演奏会へ。2日続けてミラノでバロック音楽、しかも以前から聴いてみたかった古楽アンサンブルとは、なんという幸せ。
 曲はルネサンスからバロックにまたがった音楽が主体となっていたが、韓国出身の作曲家ユン・イサンによるフルート・ソロ曲(《中国の絵》から《羊飼いの笛》)も入っているという、一捻りあるプログラムはさすがである。
 まずは、嬉しいことにヴェネツィア・バロックの作曲家から。ヴェネツィア音楽、つまりサン・マルコ聖堂関連となると、あの黄金のモザイクの柔らかな光に満ちた空間が浮かび、それだけで気分が高揚…。ダリオ・カステッロの《現代的なソナタ・コンチェルターテ》第1巻より2曲。アントニーニ無しでの演奏だったが、まぁエッジが効いて、丁々発止の火花が飛び散らんがごときの鮮やかな演奏が見事!奏者皆がリズムに乗ってよく動くこと、ここまで身体全体を動かしながら演奏しているアンサンブルは初めて観た。その生き生きとした躍動感に、ただただ「うわぁ、上手いなぁ、素敵だなぁ、いいなぁ」(こんな感想でごめんなさい)と聴き惚れていた。
 そしてヴィンチェンツォ・ルッフォ、ヤーコプ・ヴァン・エイク。ユニークだったのは、カルロ・ファリーナの《Capriccio Stravagante》で、フルートやトランペットなど様々な音の模倣が次から次へと流れていき、中にはil gatto(猫)の鳴き声を模倣した曲もあって、驚くほどモダンな感覚のバロックだった。
 ヴァネツィア系の作曲家としては、他に ビアッジョ・マリーニ、タルクィニオ・メルーラとツボを押さえた流れで、トリはやっぱりヴィヴァルディのフルート・コンチェルトで決まりだ。身をくねらせながら(!)フルート(リコーダー)を奏でる(というか吹きまくるという感じで凄い)アントニーニ、鋭角的な響きのクールな、でも熱いヴィヴァルディで、ここまでエッジが効いている演奏はなかなかないだろうと。
 観客はあっさりした反応の方と、熱狂的な拍手を送る方と分かれていたように感じる。私はもちろん大拍手で興奮気味。是非、アンサンブルごと日本に来ていただき演奏してほしい。
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 ダル・ヴェルメ劇場は1872年に開場した歴史的な劇場である。レオンカヴァッロ《道化師》が初演されたのはここ。スカラ座とはまた異なる風格を感じさせる。内部は近代的な改装がされており、劇場とはいっても馬蹄型のオペラ劇場でななく、コンサート会場といった感。スカラ座からも比較的近いが(10分ぐらい)、夜11時ぐらいになると辺りはさすがに人が歩いていなくて、帰りはちょっとビビってしまい、小走りで宿へ戻った。

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 公演からあっという間に一週間以上が過ぎ、再び仕事漬けの日々だが、記憶が薄れないうちに感想を。
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 演奏はスカラ座古楽オーケストラ&指揮のファソリス率いるイ・バロッキスティ(スイス)の混合オーケストラで、事前予想がつかず…。
 イ・バロッキスティ、CDでは聴いていたものの、実際に聴くのは初めて。ファソリスの指揮はダイナミックで、キビキビとした流れを作り出し、躍動感があった。そこはさすがにバロックらしい演奏(一安心)。が、バロックは、ともすると一本調子になりがち。ヘンデルのように長い作品では、聴かせどころ(ツボ)を押さえて、ドラマを盛り上げながら聴かせてほしいなと。
 いくつかのハイライトシーンがあるが、好きな場面の一つがアステリアの毒杯の場面。父と恋人のどちらかを選んで飲ませよという命を受け、心引き裂かれるアステリアに、思わずこちらも胸が締め付けられ、その悲壮な美しさに目が潤んでしまう。アリアではなくアッコンパニャートだが、こうした絵になる場面は、演出的にも、音楽的にもたっぷりと魅せてほしかった(アリアの場面だけ派手に演出を盛り上げても、ドラマを盛り上げることにはならない)。もちろんバヤゼットの死の場面は、この作品のクライマックスでもあり、ドミンゴの名演で素晴らしかったが。
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 実際のタイトルロールともいえるバヤゼット役はドミンゴ。高度な技巧が求められるアリアも多く、歌唱的にはかなり厳しいものになるだろうと危惧していたが、それ以外では深みのある声がドラマに重厚さと説得力を加え、さすがの歌役者ぶり。いまだ健在であることが十分に伝わってきた(映像ではさんざん観てきているのに、実際に聴くのは初めて。ミーハー的に嬉しかった)。
 そしてヒロインのアステリアを歌ったマリア・グラツィア・スキアーヴォ、素晴らしかった!美声にムラがなく、安定した歌唱で、しっかりとドラマの中核を担っており、舞台に大きく貢献していたと思う。残虐なタメルラーノ役のベジュン・メータ、開演前に体調不良のアナウンスが流れたが、それを感じさせない見事な歌いっぷりに、さすがプロだと感心。芯の通ったクリアな美声には目が醒めるよう。
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 悩める王子、アンドローニコ役のフランコ・ファジョーリだが、アンドローニコだと彼の持ち味が十二分に発揮できなかったのかもしれない。第一幕と第二幕は声が曇り気味(不調だったのかも)で、ようやく第三幕になってから、まろやかな声と華やかな技巧捌きが冴えてきた感じ。来年に日本で聴くのを楽しみにしたい。
 そして私のお気に入りであるイレーネ(プライドが高いけれど、情にもろくて思い込んだら一直線)を歌うのは、マリアンヌ・クレバッサ。当日まで彼女が歌うとは知らなかった…。イレーネのアリアは大好きなのに、劇場で配役表を確認して「あら、そうだったの」と。コントラルト的な深い声は、イレーネにぴったりだったが、彼女の時だけオーケストラの調性が突然変わってしまうというか、違和感があり集中できず…。舞台姿はまるでパリ・コレのモデルのように綺麗で見とれてしまった。

 私にとっては十分にヘンデルを満喫した舞台だったけれど、第ニ幕を終えた時点で会場を後にする観客も多かったように思う。開始時には空席は目立たなかったものの、第三幕の開始時には私の前席の2名、並び席の3名は姿が見えなくなっていた。観光客で退屈になったのかどうなのかは分からないけれど…。カーテンコールでの反応は悪くなかったが、熱狂的というほどではなく…。開演は20時で、終演は日を超えて0時30分頃。スカラ座からすぐの宿で良かったと。そんな時間になっても、キャストの出待ちをしているファンが多くて、私もと一瞬思ったけれど、さすがに疲れ果てていたので、あっさりと宿に戻ってしまった。

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 なんといっても序曲からペトレンコの指揮によるオーケストラ演奏が素晴らしく、先週のスカラ座の余韻が吹き飛んでしまうほど見応えのある舞台だった。
 オーケストラ、歌手ともにペトレンコのペースに付いていくのが大変そうな箇所も見受けられたが、この方は自分の作りたい音楽がかなりクリアなのだろうと。
 ヴェーヌスベルク(快楽の園)の音楽の鋭さと対比するように、ヴァルトブルクの場面では歌心に溢れた流麗さがあり、その緻密で滑らかな美しさに、ちょっとワーグナーではないみたいだ(今まで接してきたワーグナーとは違う)と感じたり…。
 私は《タンホイザー》の音楽には共感できるものの、台本には正直言って古さを感じるというか、そのドラマに共感できない。その認識を覆してくれるような演出に出会えることがあればと思っているが、ともかく、日本に居ながらにして、ここまで指揮、歌手、オーケストラと高レベルで揃い踏みした公演に接することができるとは、なんと幸せなことだろうか。
 
 この日本に居ながらにして…、つまり引っ越し公演について会場で配布されているNBSニュースに記事があり、一応オペラ愛好家(年に数えるほどしか行かないので、そう名乗るのは気が引けるが)としては興味深く読んだ。
 一般的にオペラがハイカルチャーであるという意識は、日本だけではなく、観客の高齢化もまた同様だろう。しかし、クラシック音楽と同様に、オペラの生命力には凄いものがある。これだけ人の感情を揺さぶり、美を感じさせるものが、観客の高齢化とはいえ、そうそう世の中から消え去るとは思えない。そして、その素晴らしさを皆に知ってほしい、特に若い人に、また聴いてみたいという人にはもっと気軽(もちろん値段も)に体験してもらって、その美しさに感動してほしい、感動をより大勢の方と共有したいという想いはもちろんある、自分ではなかなか具体的な形に出せないのが残念だが…。

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