昨日東京文化会館小ホールで鑑賞しました。4時開演、8時終了の長丁場。バロック・ジェスチャーの研究成果が発揮され、当時の上演様式を彷彿とさせる上演でした。この作品はやはりグリマーニによる台本がよくできているんですね、ドラマとして面白みがあります。モーツァルトもそうですが、セリアよりブッファが面白いのはヘンデルも同じこと。
この上演、ヘンデルのオペラにおける正当な舞台の一つと言えるのかもしれませんが、あくまでも「当時はこうでした」という印象。どうしても数年前に観たシャンゼリゼ劇場におけるマクヴィガーの演出を思い出してしまいます。現代の設定でしたが、違和感が無く(これは凄いことだと思います)音楽を更に引き立てており斬新な感覚で見事でした。ポッペアが眠ったふりをしてオットーネをなじるシーンは、お洒落なカウンターバーで、ポッペアはやけ酒を飲んで酔ったふりをしている設定。加えてそのシーンではバーに設えたピアノ(チェンバロ)で奏者がヘンデル作品の即興演奏を披露し、大喝采でした。

上演で少々物足りなかったのが、ダ・カーポ部分の無いアリアが多かったこと。レチタティーヴォはカット無しでしっかり入っていました(すごい!)。音楽中心というより、ドラマ(音楽劇)としての流れを重視しているようでした。
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e0036980_2349359.jpgカーティス指揮/イル・コンプレッソ・バロッコ演奏によるオペラ全曲版。テキストはコルネイユの悲劇『ロンバルド王』をもとにしたサルヴィの台本を、さらにハイムがヘンデルのために翻案したもの。「英雄オペラ」に属し、主人公ロデリンダの夫に対する忠節な愛情を核としたドラマです。
死んだ夫に貞節を誓い、一人息子を守るロデリンダに、結婚を迫るグリモアルド(夫を死に追いやった張本人)やその腹黒い部下ガリバルドからの試練が襲い、死んだと思われていたロデリンダの夫ベリタルドが実は生きていて、ロデリンダの目の前に現れる…など波乱万丈。またグリモアルドの婚約者もストーリーに絡んで、話は単純ではありません(やはりコルネイユの悲劇をもとにしている感が。高潔すぎる主人公カップルにそのイメージあり)。それぞれの人物描写も複雑な性格描写でリアリティがあり、ドラマとして深みがあります。
このオペラは、ヘンデルがイギリスへ渡り「ジュリアス・シーザー」などの充実した作品を生み出していた時期のもので、音楽的にも内容の濃いものです。主人公から脇役に至るまで、それぞれに充実したアリアがあてがわれており、感心します。
特に印象的だったのはグリモアルドの伴奏つきレチタティーヴォ。オケの伴奏とセリフの掛け合いがドラマチックで、まるでフランス古典悲劇(フランス・バロックオペラ)の台詞のよう。こうした音楽は今まで聴いたヘンデルの中では無かったような、ラモーが思い出されました。

音楽学者でもあるカーティスの演奏はカッチリした手堅い内容ですが、教科書的な印象も…。やっぱりオペラには「色気」を求めてしまいます。そうした意味では、やはりヤーコプスが情感に富んだニュアンスで上手い…。
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昨日はヘンデルのオペラを王子「北とぴあ」で鑑賞。5時開演、終演9時半という長丁場。
若手中心の歌い手さんらはよく健闘していました(一流バロック歌手と比べてはいけない)。オケはバッハ・コレギウム・ジャパン、聴こえてくるのは確かにヘンデルの「歌」で、安心して身をゆだねることができる充実した演奏ぶりでした。しかしソロ楽器が入る部分では(ホルン)あまりの不安定さに「どうなってしまうのだろう…」とハラハラさせられるなど、破綻しかけたところも。またヘンデルのオペラではバロック的な流れというか、留まらずに「前へ前へ」という勢いがないとおもしろくないのですが、それに欠けているような。その勢いのある箇所と、ゆったりとした所の対比が最大の魅力で、まさしくバロック(いびつな真珠)という感じがします。
その対比はやはり光と闇の対比を用いてドラマを描いたカラヴァッジオの絵画とゆっくり重なり合い、結果「やっぱりバロックって素敵」となるのでした。

しかし演出は…。ヘンデルはあの世で嘆いていることでしょう。

「現代におけるヘンデルのオペラ上演での脅威として身勝手な舞台演出家が出現している。彼らはオペラの脈絡に合うかどうかはお構いなしに、オペラを締め上げるコンセプトで武装している。オペラの筋書きをとうてい不可能なものとみなし、ヘンデルの才能の炎のもとで、劇場の中でこそ生命が躍動する、ということを理解せずに、訳の分からないものとして片付ける。こうして歪められた上演は時として技術的には完成している。巧みに娯楽を提供しているので、オリジナルの上演がどういうものか知らず、こうした上演で何が失われたかのか分からない聴衆、そして批評家は容易に喜ぶのである。演出家は作曲家を軽んじ、使い古しの手法で聴衆を言いくるめようとしているのである。
もし演出家が、当時ヘンデルのオペラを上演した劇場の条件についてよく知っていれば、ヘンデルのやり方で、現代の聴衆の心を捕えることができる、ということをすでに多くの上演が証明している。もしヘンデルのオペラ上演がオリジナルな形で今日は受け入れられないなら、過去においても受け入れられなかったはずである…」
(『ヘンデル オペラ・セリアの世界』 ディーン博士著より)
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e0036980_21392154.jpgヤーコプス指揮・アンサンブル415によるCD。これも「反英雄オペラ」に属し、テクストはヴェネツィアに由来するもの。二組のカップルが紆余曲折の末に結ばれる内容で、少々トンチンカンな王様(フラヴィオ)が出てくるところなどストーリは「セルセ」に似ています。先日聴いた「アリオダンテ」よりもコメディらしく、音楽も変化に富んでいて気に入りました。いかにもヴェネツィア・オペラらしい雰囲気が漂い、ヤーコプスによる演奏はまるで、ゴンドラで心地よい揺れを感じながら運河を行きかう感じです。それに比べるとミンコフスキの演奏は豪華客船でズンズン進む感じ、私の好みはやはりゴンドラ。
エミーリアとグイドにあてがわれた2つの素晴らしいアリアに、すっかり心を奪われてしまいました。今まで聴いたヘンデルのアリアの中でも傑作の一つに入ると思います(ディーン博士の著作にも「どのオペラにも劣らないほどの深遠な感情を描いている」と言及あり)。これは収穫♪
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先ほどまでアスベスト被害についての番組を観ていました。これからも被害者が大幅に増加するだろうとのこと、人事ではありません。この忍び寄る恐怖をなんとかして欲しいものです。インド・パキスタンの大きな地震も心配。ノーベル平和賞の受賞者が決まったことや、憲法の改正草案など、いろいろなニュースが駆け巡ります。私の身近でも苦しい状況の方がいます。こうした情勢の中で、のほほんとオペラに浸っているなんて…と自分に罪悪感を感じることもしばしば。「そうしたイヤなことは世界中であるけれども、誰でも楽しみを持つことは権利なんだよ」という友人の言葉を思い出し、なんとなく自分を納得させます。こうして楽しみを享受できることは本当にありがたいことなのだと、実感します。

e0036980_20484859.jpgこのオペラ、上野でちょうど海外歌劇場による引越し公演が行なわれているところ。私は資金不足で行けないので、CDで我慢(笑)。
先月のヴィヴァルディの後に聴くと、どうしても重い…。「反英雄オペラ」に属しますが、「セルセ」「アグリッピーナ」のような喜劇的なコミカルさは感じられません。むしろシリアス。テキストはシンプルな内容で、イタリアの詩人アリオストによる『狂えるオルランド』(これは多くのオペラの題材になっています。ヴィヴァルディのものもあり)からのエピソードです。恋人同士がライバルによる妨害を受けた末、最後にはハッピーエンドとなる典型的なお話。ヘンデルはオペラの本場イタリアで学んできてはいますが、やはり生まれ故郷ドイツの雰囲気がうかがえます。重心が揺るがず、形式もきちんとした枠組みで、どっしりとした作品作り。細かく聴けば新しい形式も所々出てくるそうですが(ディーン博士の著書による)、全体から受ける印象は「固いなぁ」(このCDの演奏自体ががっちりしたもの。嫌いじゃないですが。指揮者ミンコフスキはドイツ系が合っているのかも、ベートーヴェンやウェーバーのオペラなどいいのでは)とやはり変わりません。
ミンコフスキによるこの演奏は、現在聴けるヘンデルの中では最上級のものでしょう。安定感と疾走感のバランスが良く、スリリングな超絶技巧のアリアとオケの競演を楽しみました。
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今年再版され、ラモーと聞くと黙っていられない私にとっては嬉しい出来事。160頁ほどの小篇ですが、読みこなすのに一苦労。訳はこなれており読みにくくはないのですが、内容把握が…(理解できたとは言えず)。
ディドロはルイ15世紀時代に発展した「啓蒙思想」の旗手であり、『百科全書』の編纂者。この作品はラモーの実在の甥をモデルにし、その甥を通して旧体制のフランス社会を風刺したもの。このラモーの甥の造型(偽悪者)に見るべきものがあります。来るべき革命の予感も感じさせる内容で、貴族社会の暗部が生々しく描かれており、その具体的さ(ここまで書いていいの~)は現在の週刊誌並です(笑)。生前には出版されず(できず?)、ゲーテの訳によってドイツで出版されるという紆余曲折の運命を辿っています。『ファウスト』メフィストの造型は、このラモーの甥から影響を受けているという指摘が多いようです。
風刺文学ですが題名からも分かるように、それが音楽論を通して行なわれているところに特徴があります。音楽史的に有名な「ブフォン論争」(イタリア音楽VSフランス音楽)がベースになっていますが、著者の立場は明確になっていません。新しい感覚の輸入音楽(イタリア)に惹かれながらも、自国の伝統的な音楽も捨てがたいというジレンマが感じられ、これは日本にいながらヨーロッパ音楽をあたりまえに聴いている私にも当てはまるようで、共感を覚えました(こうした捉えかたは古いのかもしれませんが)。
ところで、別な意味で楽しかったのは、その当時に聴かれていた音楽がリアリティを持って語られる箇所。現在では古楽復活が進んでいるので、この著作に記載されている音楽を容易に聴くことができます。

e0036980_9575528.gifラモー「カストルとポリュクス」。テナールのアリア『深淵、夜、永久の夜』について、ラモーの甥は「これが歌われるたびに、こうしたものはお前には作れまいといつも苦しげに独り言を言わないではいられなかった。わしは伯父を妬いていたんです…」
また、ディドロはラモーについてこう書いています。「音楽理論についてあんなに多くの不可解な幻想と黙示録的な真理とを書いたが、それは彼自身にも何人にもかいもく分からなかった。オペラの中には和声と、歌のはしくれと、きれぎれの思想と、騒音と、飛翔と、凱旋と槍と、光栄とざわめき、息せき切った勝利と、永久にも続きそうな舞踊曲がある…」


e0036980_10203725.jpgイタリアのロカテッリ「ヴァイオリンの技法」。この作曲家(兼ヴァイオリニスト)も数回登場。他、ナポリ派のドゥーニ、レオ、ペルコレージのオペラ作品も多数。オペラ好きには嬉しいですが、この本の見方としては完全にズレてますね…。
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e0036980_2339509.jpg今日から10月。食欲の秋、読書の秋、芸術の秋…、実り豊かな季節到来です。
今月は先月に引き続き、バロック・オペラの公演が続く予定(ヘンデル作品)で嬉しいですが、それに合わせるように、『ヘンデル オペラ・セリアの世界』が出版されました。イギリスにおけるヘンデル研究の第一人者、ディーン博士(ケンブリッジ大より名誉音楽博士号を授与)によるもので、原書は40年前に書かれたものですが、今回の日本語版にあたり改定と書き直しを行なったとのこと。これまでの研究の成果も盛り込まれています。楽譜や図版、舞台写真も豊富。時代背景から台本作者、オペラ作品の具体的解説、歌手、オーケストレーション、現代における上演(ここに一番興味あり)、もちろんヘンデルその人についてと、幅広い構成。これから読むのが楽しみです。
私のオペラのお気に入りはコミカルな味の、いわゆる「反英雄オペラ」と言われるもの~「アグリッピーナ」「セルセ」。一番好きな作品はマスク(仮面劇と言われるイギリス伝統のジャンル)になるのですが、英語で歌われる牧歌劇的な「エーシスとガラテア」、アルカディアを描くとしたら、まさにこのような音楽になるのではないでしょうか。幸福感に満ちあふれた音楽。
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e0036980_20443518.jpg前日のカルミニョーラ&VBOの余韻が冷めやらずでしたが、近郊の和光市民文化センターでの落語名人会に出かけました。これは落語好きの同僚に誘われたもの、私はライブでは初めてです。出演は桂文珍に春風亭小朝、三笑亭夢之助と知名度の高い豪華メンバー。
会場の大ホールは大入り満員でこれにはビックリ。
トップバッターは夢之助、次の小朝は風刺と毒の効いたピリッとしたもので、私はこれが一番おもしろかった!文珍も飄々とした味わいで個性的ですね、ベテラン勢はさすが話しっぷりがこなれていて上手い…、充分笑わせてもらいました。
休憩を挟んだ後は、林家正蔵の襲名披露で、出演のメンバーがそれぞれ口上を述べました。「頑張れ~」と皆暖かい拍手。そして真打ちの林家正蔵が登場、身の回りの笑える小話から始まって、古典落語(?と言うのでしょうか)に移行。ホロッとさせられる人情話でした。一生懸命さは伝わりましたが、ベテランが醸し出しているような余裕というか懐の深さを感じるにはまだまだなのでしょうね。
初めての落語、楽しかった♪今度はもっと小さい寄席で楽しみたいです、紬(着物)の普段着で行ってもいいかな。
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e0036980_932576.jpg昨日は後楽園にて仕事の研修後、三鷹市風のホールへ向かいました。バロック・ヴァイオリニストのカルミニョーラ&ヴェニス・バロック・オーケストラ(イタリアの古楽器オケ)によるオール・ヴェネツィアン・プログラムを鑑賞。ヴェネツィアで生を受け、同時代を生きた作曲家の作品が並びます。
前半はオケのみでガルッピ、アルビノーニ、マルチェッロのコンチェルト。後半からカルミニョーラが加わり、ヴィヴァルディのコンチェルトが続きました。ここからが圧倒的!カルミニョーラの素晴らしいこと、それに合いの手を入れるオケの反応も申し分なく、ライブならではのスリリングな演奏に驚愕。このライブ感はCDではどうしても伝わりません(もちろんCDも素晴らしいですが。最近ドイツ・グラモフォンに移籍)。観客は大熱狂、拍手は鳴り止まずスタンディング・オペーションで、アンコールが5曲続きました。

ヴィヴァルディの「四季」、今回の演奏を聴いてやはり名曲中の名曲だと再認識。同時代の他のコンチェルトと聴き比べると、ヴィヴァルディの感覚が当時はいかに斬新なものであったかが分かります。この「四季」は「和声と創意への試み」という主題が付いています。古楽器で聴いているせいもあるでしょう、和声やメロディがまるで現代音楽のように聴こえてくるのです。この名曲、これまでのようなノスタルジーを誘うBGM的な扱われ方ではあまりにも不憫です。

終演後はカルミニョーラにサイン&イタリア式ご挨拶(両頬にキス♪香水を付けていらっしゃるようでいい香り、イタリアダンディ)をしてもらい、ご満悦のまるでした。
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e0036980_9445331.jpg名前の通り、イタリア・オペラについて論じたもの(今年出版)。著者はパリ・ソルボンヌ校教授を務める、フランスにおけるヴェルディ研究の第一人者。イタリア文化を専門となさっているようで、音楽学以外の分野からのアプローチとなっています。作曲家ごとに作品のストーリー概略をズラズラ並べるような、よくありがちなガイド本ではなく、現代に至るまでのイタリア・オペラの伝統と、オペラ史の概略について述べています。オペラにある程度接したことがあり、関心を持たれている方でしたら、楽しめる内容ではないかと思います。
イタリア・オペラの伝統については、制作システム&美学の変遷に視点を置いて論じたもので、どのような歴史背景のもとに発達してきたのかが掴めます。私にとって興味深かかったのは、オペラ史の概略を述べている箇所。この著者の研究における観点ー「音楽的作劇法」ー(作曲家とテクストの関係。ひとりの作曲家によって、テクストがどのように解釈されたのか)で論じています。
私にとっては、お気に入りのカヴァッリについての記述が嬉しかった…。「バロック時代には、台本作家が作曲家よりもずっと優位に立っていた」「カヴァッリのオペラでは、アリアがよりはっきりと独立したものになっているが、レチタール・カンタンド(朗誦)と歌唱との間で見事にバランスが保たれていることがわかる。音楽は複雑さのない、直截な魅力を示しているが、それはカヴァッリの特徴でもある…」、等々書いていたらキリがありません。
他にもスカルラッティやヘンデル、台本作者のメタスタジオ、ゴルドーニ等、豊かなバロック・オペラの世界について充分触れられており嬉しい♪
コンパクトな文庫版ですが、深い内容。でも分かりやすい論述で決して難しいものではありません。
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