演奏会前に友人とダリ展へ。最も好きな《狂えるトリスタン》が来ていた。
10代最後の頃、画集で観たこの絵に一目惚れをした。それはもちろんワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》をいやがおうにも思い起こさせるから。私の抱くこのオペラのイメージと、ダリが描く《狂えるトリスタン(とイゾルデ)》の悲劇的なグロテスクさが、ぴったりと重なり合う。
そしてサントリーホールへ。友人からチケットを譲っていただいた東京交響楽団の定期演奏会。
プログラムはワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》第一幕への前奏曲から。先ほど観たダリの《狂えるトリスタン》が思い浮かぶかと思いきや、演奏は透明感に溢れ、澄んだ穏やかな渚を進むような静謐さ。天上の世界へ真っ直ぐ向かう雰囲気で、美しかった。ダリが描いた救いの無い、世紀末的な悲劇さからは遠いもの。
そして、前奏曲の張りつめた静謐さを留めながら、休止なしでデュティーユのチェロ協奏曲《遙かなる遠い国へ》。
初めて聴いた曲だが、これがもうチェロのヨハネス・モーザーともに素晴らしく、ノットによるプログラミングの妙に感心。
この曲は、ボードレール『悪の華』からインスピレーションを得て作曲されたもの。曲名は「髪」の一節<遥かな、不在の、ほぼ死に絶えた世界が全て、おまえの深みのうちに、かぐわしい森のうちに生きている>から採られている(プログラムより)。
現代音楽だけあって、多彩な打楽器に、ハープやチェレスタも入っている。難曲ではあるだろうが、騒然とした曲の作りではなく、むしろすっきりとした印象。打楽器が効果的に生かされており、鐘の音(銅鑼)が、いくつも木霊するなかで、太古の森を思わせる幻想的な世界が広がっていき、まるで魅惑的な魔術にかけられたような心持ちになった。
第三楽章〈黒檀の海よ、おまえにはまばゆいほどの夢がある 帆や漕ぎ手、長旗、そしてマストの夢が〉(「髪」より)は、ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》にそのまま呼応しているかのよう。そう思うと、よりイメージが広がっていく。なんと艶やかな詩だろう!
最終楽章の讃歌〈夢を持ち続けよ 賢人は狂人ほど美しい夢はもたないのだから〉(「声」より)に、またダリの《狂えるトリスタン》がよみがえってしまった。ダリのシュルレアリスム世界とも繋がっていくような…。
それにしても、ボードレールの詩は、断片だけでも素晴らしい。そうだ、ボードレールは、ワーグナーについても批評していたのだった。ワーグナーとの繋がりがやはりあったな、と。