先週は浅草へ。今度、友人達を浅草名所七福神巡りにお連れするので、一年振りの七福神もうで。この七福神(実際には九ヵ所)、江戸時代後期にはメジャーだったようだが、戦後は一時中断し、昭和52年に復興。
 九ヵ所あるのは「九は数の究み、一は変じて七、七変じて九と為す。九は鳩であり、あつまる意味をもち、又、天地の至数、易では陽を表す」という故事に由来しているとのこと。「七福神」自体の発祥は京都周辺で、室町時代より記述がみられるそうだ。

 一巡り後は、雷門近くの喫茶店「アンヂェラス」へ。ここは〇〇年前に、先輩が好きなお店だということで連れてきてもらった思い出の場所。青春時代の淡い恋(^^;の思い出…。
小さなノエルの形をした名物ケーキ「アンヂエラス」を久し振りにいただく。白と黒があるのだけれど、私は白が好き。今は懐かしいバタークリームの風味がたまらない。私にとってはかなり甘いけれど、時をおくと、また食べたくなってくるのが不思議。
e0036980_23485363.jpg

[PR]
 今年のコンサート始めも、ヘンデル・フェスティバル・ジャパンの公演から。
 ヘンデルに敬意を表して、演奏は常にノーカットを旨としているのが凄い。この真摯な取り組みが、昨年をさらに超える音楽の充実として実を結んでいるのが伝わってきた。
 この作品はかなりの長丁場だが、傑作という評価に違わず、長さを感じさせない迫真のドラマが展開され、改めてヘンデルのオラトリオの素晴らしさを目の当たりにすることができた。《メサイア》を除いては、日本で上演に恵まれないヘンデルのオラトリオに接することができて、貴重な機会だったのはもちろんだが、大事なのは、それがヘンデルの「珍しい作品を演奏」→「珍しい作品を聴いた」ということが先に立つような内容ではなく、レンブラントの名画以上の、まるで古代にタイプスリップしたかのような、目の前で聖書のバビロニアの世界が展開する感覚を味合わせてくれたことだと思う。
 ドビュッシーがいったように「芸術というものは、"うそ”のうちで最も美しいうそです。…一般大衆も、エリートも、忘我というものを求めて芸術に集まってくるのではないでしょうか。忘我、これまた“うそ”のもう一つの形式でしょう。」そう、我を忘れるぐらいに、その音楽ドラマに惹き込まれてしまった。

 聖書を元にしているオラトリオだが、プログラムにもある通り、主題は「母が罪深い息子に注ぐ愛に映し出される、国家の衰退」で、時代も宗教も超えた普遍的なテーマとなっている。難しいことを考えずとも、誰でもスッと物語に入り込める。観客を楽しませようとするエンターテイメント性が強く感じられ、面白い。やはり大衆向けなのだろう、同世代のラモーのオペラとの違いを感じずにはいられない。

 演奏では、序曲こそ固さが感じられたものの、冒頭に置かれた母親ニトクリスの嘆きのアリアから、あっという間にヘンデルの世界へ惹き込まれてしまった。
 このアリアを聴くだけで、毎度ながらヘンデルは天才だ、と。どうしてこうも心情にぴったりな音楽を付けられるのかと、信じられない思いになる。
 ヘンデルのこうしたアリアの説得力は凄くて、同世代のなかでも、ずば抜けていると感心してしまう。書法自体も、オペラ時代よりさらに表現が細やかに進化しているように思えて、感動。
 来年の公演も、今からとても楽しみだ。

[PR]
e0036980_22014527.jpg
 今年の弾き始めもバッハから。平均律2巻の3番BWV 872をチョイスしてレッスン中。
 昨年も平均律2巻の1番ハ長調をコツコツ。前奏曲が複雑なあやとりをしているようで苦労したけれど、好きな曲なので頑張った。フーガの方は思ったよりスイスイ進んで楽しいこと!先生からOKをいただいた後、次はどの曲にしょうかと思い相談。

 私「バッハは平均律ばかり弾いているので、フランス組曲などもやったほうがいいでしょうか?」
 先生「そうねぇ、でもあなたはフーガ好きでしょ」
 私「…そうですね、好きです…」
 先生「平均律のフーガにしたら。2巻はまだそんなに弾いていないし」
 私「はい(そうだなぁ、やはり自分の好きな曲を弾こう!)」と、あっさりまた平均律をレッスンすることに。
 
 なにせ24セットもあるのだから、選び放題である。とはいえ、自分の好みの傾向があるので、また雰囲気の似ている曲になってしまったような。
 第3番変ニ長調を選んで「このフーガ、好きなんです(それに3声だし)」とお伝えしたら、「前奏曲が好きなのかと思ったのだけれど、フーガなのね。この曲のどこが好きなのかぁと、不思議」と先生には謎の様子。「このフーガのテンポ感が好きなんです。スキップするような、ノリの良さがあって…(前奏曲も大変美しいけれど)」と説明するのも難しい(^^;
 好きな曲だとモチベーションが上がるので、今回はあっという間に半分まで進んだ。嬉しいが、他の曲がおろそかになってしまうのが、いけない。ベートーヴェンのピアノソナタ31番のフーガも、いつか挑戦してみたいと思う。

[PR]
e0036980_23491079.jpg
 冒頭、ベッリーニ《清らかな女神よ》が流れる中、スクリーンに開演前の劇場内部が映し出される。その印象は華やかというより「重厚」。これが歴史と伝統の重みということなのだろうか。過去の栄光の残照が、映像からも伝わってくる。
 いや、「過去」というのは、似つかわしくないのか、音楽監督のバレンボイムが、熱を込めて2014/2015シーズン開幕公演《フェデリオ》をリハーサルしている姿が映し出されており、その奮闘ぶりに(一昨年聴いたベルリン・シュターツカペレの指揮ぶりと随分違っていて驚いた)、現在のスカラ座の葛藤も透かし見えてくるようだった。それはこちらの思い込みかもしれないが…。

 私を含めて、日本のオペラ・ファンにとってミラノ・スカラ座は憧れのオペラハウスの一つだろう。その魅力が、スカラ座の歴史と伝統にあるのは言うまでもなく、「いつか行ってみたい」と思わずにはいられない風格がある。映画の中でも「日本の観客にとっては、イタリア・オペラ=ミラノ・スカラ座だ」と、来日公演を指して語られている。
 それもそうだろう、ヴェルディやプッチーニなど、イタリア・オペラの作曲家に所縁が深いのはもちろん、トスカニー二やカラスなどの歴史的な名指揮者、歌手のエピソードの宝庫で、まさにスカラ座とイタリアオペラ自体の歴史が重なっているのだと、感慨深かった。

 エンディングの音楽はトスカニーニ指揮の《運命の力》序曲だろうか(定かではないのだけど)。初めて聴いたのだが、映画の最後に、この超高速の力強い序曲に仰天してしまった。《運命の力》は私が偏愛するオペラの一つ、実際にこんなヴェルディを聴いてみたかったな、と。

[PR]
e0036980_21430476.jpg
 今年の聴き始めは、ベルリン古楽アカデミーの《Venice:The Golden Age》を。昨年の来日時に、素晴らしいオーボエ・ソロを聴かせてくれたクセニア・レフラーも参加していて、このCDでもヴィヴァルディとマルチェッロのオーボエ・コンチェルトが聴けるのが嬉しい。色彩豊かなヴェネツィアの華やかさとともに、明るさだけではない、微妙な色合いを帯びた柔らかな哀愁も感じさせてくれる。新年にはふさわしい音楽かなと。これを聴きながら、年賀状をのんびりしたためていた。
e0036980_22132723.jpg
 ヴェネツィア音楽の黄金時代、それはオスペダーレ(慈善院)を中心としたものだった。ピエタ、インクラービリ、メンディカンティ、オスペダレットという4つの女子慈善院があり、ヴィヴァルディはピエタに務めていたというのは、あまりにも有名である。ヴィヴァルディのオーボエ・コンチェルトのいくつかは、ピエタのペレグリーナ(という名の少女)に演奏させるため作られたと思われるそうだ。
 また、ヴァイオリン奏者として名を馳せたカルロ・テッサリーニの曲も収められているが、彼もオスペダレットに務めていた。あのガルッピもメンディカンティで合唱隊を指導しており、18世紀のヴェネツィアにおける音楽の盛況は、他に類を見ない性質のものだな、と改めて感じる。

[PR]
e0036980_22001602.jpg
 この正月は晴天に恵まれ、気持ちのよい三が日だった。いつものように夫婦それぞれの実家に行きご挨拶。夫は墨田出身、浅草寺近くの牛嶋神社が北斎ゆかり(葛飾北斎が生まれ育ったのは墨田区)とのことで、「寄っていく?」と勧められ、初めてのお参り。浅草寺にはそれこそ昔、大晦日から元旦にかけて、家族で初詣に出かけていたが、川を超えてこちらまでは来ないなぁと。
e0036980_22001205.jpg
 地元の方が多いようで、結構並んでいるのにはびっくり。この神社にある北斎の大絵額は、関東大震災で焼けてしまったため、現在は白黒のパネルのみの展示。夫はTVでカラーのものを観たそうだが、この白黒パネルではよく分からないのが残念。が、86歳で描いたとは思えないような、驚くばかりの迫力は伝わってくる。カラーによる復元が行われ、昨年オープンした「すみだ北斎美術館」に展示されているとのこと。見る機会を楽しみにしよう。
 その後は、私の守り神でもある毘沙門天へ。毘沙門天に守られている地域に実家があるのは、やはり縁を感じるなぁ。

[PR]
e0036980_23372690.jpg
ヴェネツィア・カ・レッツォーニコにて
  
 今年も家族揃って穏やかな新年を迎えることができました。
また、新たな一年が始まります。
皆さまにとっても、よい年となりますように。
どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

[PR]
e0036980_00134645.jpg

ローマ歌劇場にて。9月にパーセル《ディドとエネアス》
オーケストラはベルリン古楽アカデミー)を聴いた。

 今年、私にとってはカラヴァッジョの年といわんばかりに、愛する彼の作品にいくつも出会えたのは嬉しかったが、音楽でもバロックの素晴らしいコンサートをいくつも体験できて、幸せに過ぎるぐらい。オラトリオからオルガン独奏、コンチェルト、オペラまで、当たり年だったなと。

 その中でも、私にとって最も素晴らしかったのが、日本で聴いたフライブルク・バロック・オーケストラ。このオーケストラを実際に聴くのは初めてだったが、バッハのヴァイオリン・コンチェルトを4曲聴いて、今まで聴いたバッハ演奏では、もう最高だった。
 「そう、こうしたバッハを聴きたかった!」と思わず膝を打つような、ハート直撃ど真ん中のクール&エキサイティングな演奏で、バッハを聴く醍醐味を存分に味合わせてくれた。いや、本当に興奮した...。

 まず、オーケストラ編成がバランスよく、音質自体もなんと揃っていること!これによってバッハの各声部(曲の構成)がくっきりと浮かび上がってくる。洗練極まりない。
そして、その生き生きとしたオーケストラの響きに乗り、ヴァイオリン独奏のミュレヤンス&ゴルツが、これまた目から鱗の、華麗な装飾&即興をふんだんに盛り込んだ演奏を展開。これほどまでに、即興をさらっと見事に演奏するのを聴いたのは初めてで、腰が抜けた。まるでヘンデルのダ・カーポ・アリアを聴いているようだなと。これぞバロックの醍醐味の一つ。この即興部分は、それぞれの完全オリジナルなんだろうな、と。
 こうした演奏を、日本で聴けることが嬉しい、本当にありがとう。来年もよい演奏に、よい音楽に巡り合えますように。

~今年聴いたコンサート&オペラ(日本のみ)~


More
[PR]
e0036980_21205357.jpg
 2001年に庭園美術館で観たカラヴァッジョの衝撃は忘れられない。
《聖ヒエロニムス》と《法悦のマグダラのマリア》(この時来ていたものは、真筆と認められていないようだが)が強く印象に残っている。観る側を絵の中にぐっと引き込む、ドラマチックな構図とリアルな質感に「これは凄い」と驚いた。光と影の織り成すドラマに魅了され、これが「バロック」なんだと。確かに、「ルネサンスを超えた」一人がカラヴァッジョだ。
 あれから15年、再び日本でカラヴァッジョ展が開催されたことが、何より嬉しかった。
 今回は、この《バッカス》の瑞々しい官能性に溜息。滑らかな肌の質感から、若々しい、暖かな肉体の息遣いが伝わってくるようで、見るたびにうっとりする。もうすでにカラヴァッジョと分かる素晴らしさだ。果物の描写で魅せる静物画としての表現も見事で、「美」の理想図のよう。
 カラヴァッジョの作品は、昨年はドイツでも観れて、さらに今年はローマでもいくつか観ることができたので、本当にありがたい年だった。
e0036980_21233896.jpg
 ヴァチカンでの《キリストの埋葬》。しかし、ここはもう人が多すぎて…。ボルゲーゼ美術館は人数制限をしているので、ゆったりとカラヴァッジョと向き合えて、よかった(でも、美術館そのものと美術品の数々が凄いので、さしものカラヴァッジョも…)。

~今年訪れた美術展~
★いつもながら捉えどころのない指向だなぁと。観たい気分が盛り上がるのは、ファッション関係。ファッションと時代は密接に繋がっている。トワル・ド・ジュイ展も、当時の思想が窺えて面白かった。

肉筆浮世絵 美の競艶
ボッティチェリ展
ラファエル前派展
すばらしき大原美術館コレクション
村上隆のスーパーフラット・コレクション
カラヴァッジョ展
PARIS オートクチュール-世界に一つだけの服
出光美術館50周年記念 美の祝典
西洋更紗 トワル・ド・ジュイ展
ポンピドゥー・センター傑作展
ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち
鈴木其一展
クラーナハ展
ダリ展
ゴッホとゴーギャン展

[PR]
e0036980_21324002.jpg
 今年のコンサート納めも、家族で「第九」。無事に年を越せそうで、本当にありがたいことだ。
 一年の締め括りとして聴くには、最もふさわしい曲だと思っているが、毎年感じることが違うのも「第九」ならでは。辛いことがあった年は、なおさら心に響いた。慰めされるのはもちろんだが、気持ちを鼓舞され、前を向こうと勇気づけられるのも、この曲が時代を超えた熱いメッセージを発しているからに他ならない。

 フルシャの「第九」は、空へと軽やかに駆け上がっていくような爽やかさと、燃えるようなパッションを同居させたベートーヴェン。歯切れのよい、現代的な演奏。自分でベートーヴェン(ピアノで)を弾くときにも感じるのだが、ロマン派のように重くはなく、でもモーツァルトやハイドンとは決定的に違う疾走感(様式)があり、そうした意味ではベートーヴェンらしいなと。
 なんといっても、第4楽章のクライマックスで感じさせてくれたカタルシス、今までの3楽章はこのためにあると雄弁に語られていることが、強く伝わってきたのが嬉しかった。この混沌とした世界では、理想的にすぎるかもしれない、でも、ベートーヴェンは「人間(あなた)にはそれができるはずだ」と言っている。そして、そのことを信じさせてくれる曲だ。
 
 今年を振り返り、来年に向けて気持ちも改まった。また、新たな年へと漕ぎ出そう。

[PR]