冒頭、ベッリーニ《清らかな女神よ》が流れる中、スクリーンに開演前の劇場内部が映し出される。その印象は華やかというより「重厚」。これが歴史と伝統の重みということなのだろうか。過去の栄光の残照が、映像からも伝わってくる。
いや、「過去」というのは、似つかわしくないのか、音楽監督のバレンボイムが、熱を込めて2014/2015シーズン開幕公演《フェデリオ》をリハーサルしている姿が映し出されており、その奮闘ぶりに(一昨年聴いたベルリン・シュターツカペレの指揮ぶりと随分違っていて驚いた)、現在のスカラ座の葛藤も透かし見えてくるようだった。それはこちらの思い込みかもしれないが…。
私を含めて、日本のオペラ・ファンにとってミラノ・スカラ座は憧れのオペラハウスの一つだろう。その魅力が、スカラ座の歴史と伝統にあるのは言うまでもなく、「いつか行ってみたい」と思わずにはいられない風格がある。映画の中でも「日本の観客にとっては、イタリア・オペラ=ミラノ・スカラ座だ」と、来日公演を指して語られている。
それもそうだろう、ヴェルディやプッチーニなど、イタリア・オペラの作曲家に所縁が深いのはもちろん、トスカニー二やカラスなどの歴史的な名指揮者、歌手のエピソードの宝庫で、まさにスカラ座とイタリアオペラ自体の歴史が重なっているのだと、感慨深かった。
エンディングの音楽はトスカニーニ指揮の《運命の力》序曲だろうか(定かではないのだけど)。初めて聴いたのだが、映画の最後に、この超高速の力強い序曲に仰天してしまった。《運命の力》は私が偏愛するオペラの一つ、実際にこんなヴェルディを聴いてみたかったな、と。