ピエール・アンタイ&スキップ・センペ〔ラモー:2代チェンバロのためのシンフォニー〕H29.12.6

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 ラモー&ピエール・アンタイのファンとしては行かねばならぬ演奏会。
 ファンとしては感涙ものだが、しかし、自国フランスでも一般的に知られているとは思えない作曲家のものを、よくまあ日本へ持ってきたものだと…(今回は演奏ツアーで、改めて日本のために用意されたプログラムではないとのことで納得)。予感は的中、思ったより会場の入りが少なくて残念だったが、始まってみるとそれはもう楽しさ満載のステージで、「ああ、楽しかった!」と観客同士で思わず言い交さずにはいられないほどのノリの良さを満喫。

 レザール・フロリサンのクリスティが「ストラヴィンスキーとラモーはダンス・ミュージックとして最高レベル」と述べていたような記憶があるが、ラモーの音楽は本当にダンサブルで、その肝はリズム感にあるいうことに尽きるのではないか。フランス・バロックオペラの流れを汲むラモーのオペラでは、バレエが不可欠であることから、当然そうなざらるを得ないのだが、ダンスと音楽は原始の時代から固く結びついているもので、リズムというものは理屈を越えて、人間の生理的(生物的)なものに強く訴えかけてくる力を持っている。これはラモーだけではなく、舞曲から発展している曲が多いバロック音楽全般にいえることだとも思う。私はバッハにもそれを強く感じることが多い(バッハを好きな理由の一つ)。

 今回はチェンバロ2台によるラモーのオペラハイライト集という感で、言わば美味しいとこ取りのプログラム。チェンバロ2台の演奏とは思えないほどの広がりを見せ、まるで目の前で、ラモーによる、めくるめくばかりの華麗なフランス・バロックオペラが展開される感覚を味合わせてくれた。やはりオペラはエンターテイメントである。今回の演奏がお気に召した方は是非ラモーのオぺラへも足を運んでいただきたいなと。チェンバロ2台でもこの楽しさなのだから、オペラとなればさらに楽しさ倍増なのは間違いない。
 オペラもカエル(=ニンフ)が主人公の喜劇風《プラテ》から、ラシーヌの格調高い悲劇を原作としている《イポリートとアリシ》もと作風が幅広いのも魅力。私のお気に入りは《ゾロアストル》、正義と悪の対立という。その情念の凄まじさには圧倒されてしまうほどで、ラモーのオペラの中でも傑作の一つだと思っている。フランス・バロックは優雅なだけではない、優雅さの下から、人間の業を余すところなく描き出そうとする奥深さをも見て取れるはずである。

 今回のプログラムは3部構成で、1部はアンタイが通奏低音的なポジション、そして2部はセンペとチェンジ、3部は交互にといった印象だったが、チェンバロはそれぞれがフレンチとジャーマンで音色が異なることから、曲によって細やかに立ち位置を変えていたのだろうなと。何といっても、オペラの序曲、前奏曲、そしてオペラ締め括りのフィナーレであるシャコンヌの盛り上がりに気分が高揚、大好きな《ダルタニュス》のシャコンヌ、《優雅なインドの国々》のシャコンヌ、《ピグマリオン》の序曲…。定番の《未開人》も、さあどうだといわんばかりのオリジナリティあふれる味付けで、さすがだなと唸らされた。最後の《タンブーラン》はラモーのダンサブルさが全面に押し出されていて、ズンチャズンチャと(こんな表現でごめんなさい)身体が自然に動いてしまいそうになる。
 クラヴサン合奏曲集からの《おしゃべり》《挑発的な女》《マレ》からも、人間描写に優れたラモーの手腕が見事に伝わってくるが、クープランから進んで、さらに表現に鋭さと鮮やかさが増しているように思う。

 コンサート終了後、お気に入りのアンタイによるスカルラッティのCD&プログラムにサインをいただいた。スカルラッティも度肝を抜かれる凄い演奏なので、「とってもいいです!」と伝えると嬉しそうにしていらした。また日本にいらっしゃる機会があるかお尋ねしたところ、「5月に」とのこと。ラ・フォル・ジュルネでは、是非スカルラッティを!

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by marupuri23 | 2017-12-17 23:20 | コンサート | Comments(0)