公演からあっという間に一週間以上が過ぎ、再び仕事漬けの日々だが、記憶が薄れないうちに感想を。

演奏はスカラ座古楽オーケストラ&指揮のファソリス率いるイ・バロッキスティ(スイス)の混合オーケストラで、事前予想がつかず…。
イ・バロッキスティ、CDでは聴いていたものの、実際に聴くのは初めて。ファソリスの指揮はダイナミックで、キビキビとした流れを作り出し、躍動感があった。そこはさすがにバロックらしい演奏(一安心)。が、バロックは、ともすると一本調子になりがち。ヘンデルのように長い作品では、聴かせどころ(ツボ)を押さえて、ドラマを盛り上げながら聴かせてほしいなと。
いくつかのハイライトシーンがあるが、好きな場面の一つがアステリアの毒杯の場面。父と恋人のどちらかを選んで飲ませよという命を受け、心引き裂かれるアステリアに、思わずこちらも胸が締め付けられ、その悲壮な美しさに目が潤んでしまう。アリアではなくアッコンパニャートだが、こうした絵になる場面は、演出的にも、音楽的にもたっぷりと魅せてほしかった(アリアの場面だけ派手に演出を盛り上げても、ドラマを盛り上げることにはならない)。もちろんバヤゼットの死の場面は、この作品のクライマックスでもあり、ドミンゴの名演で素晴らしかったが。

実際のタイトルロールともいえるバヤゼット役はドミンゴ。高度な技巧が求められるアリアも多く、歌唱的にはかなり厳しいものになるだろうと危惧していたが、それ以外では深みのある声がドラマに重厚さと説得力を加え、さすがの歌役者ぶり。いまだ健在であることが十分に伝わってきた(映像ではさんざん観てきているのに、実際に聴くのは初めて。ミーハー的に嬉しかった)。
そしてヒロインのアステリアを歌ったマリア・グラツィア・スキアーヴォ、素晴らしかった!美声にムラがなく、安定した歌唱で、しっかりとドラマの中核を担っており、舞台に大きく貢献していたと思う。残虐なタメルラーノ役のベジュン・メータ、開演前に体調不良のアナウンスが流れたが、それを感じさせない見事な歌いっぷりに、さすがプロだと感心。芯の通ったクリアな美声には目が醒めるよう。

悩める王子、アンドローニコ役のフランコ・ファジョーリだが、アンドローニコだと彼の持ち味が十二分に発揮できなかったのかもしれない。第一幕と第二幕は声が曇り気味(不調だったのかも)で、ようやく第三幕になってから、まろやかな声と華やかな技巧捌きが冴えてきた感じ。来年に日本で聴くのを楽しみにしたい。
そして私のお気に入りであるイレーネ(プライドが高いけれど、情にもろくて思い込んだら一直線)を歌うのは、マリアンヌ・クレバッサ。当日まで彼女が歌うとは知らなかった…。イレーネのアリアは大好きなのに、劇場で配役表を確認して「あら、そうだったの」と。コントラルト的な深い声は、イレーネにぴったりだったが、彼女の時だけオーケストラの調性が突然変わってしまうというか、違和感があり集中できず…。舞台姿はまるでパリ・コレのモデルのように綺麗で見とれてしまった。
私にとっては十分にヘンデルを満喫した舞台だったけれど、第ニ幕を終えた時点で会場を後にする観客も多かったように思う。開始時には空席は目立たなかったものの、第三幕の開始時には私の前席の2名、並び席の3名は姿が見えなくなっていた。観光客で退屈になったのかどうなのかは分からないけれど…。カーテンコールでの反応は悪くなかったが、熱狂的というほどではなく…。開演は20時で、終演は日を超えて0時30分頃。スカラ座からすぐの宿で良かったと。そんな時間になっても、キャストの出待ちをしているファンが多くて、私もと一瞬思ったけれど、さすがに疲れ果てていたので、あっさりと宿に戻ってしまった。